2026-09-27 13:47自分の性癖が普通では無いと自覚した瞬間(第384夜)





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SM奇譚 創戯旅団 第384夜 自分の性癖が普通では無いと自覚した瞬間
※2026年09月27日14時11分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年09月27日13時44分【NOTE無料投稿】
SMクラブは性癖がアブノーマルな人が集う場です。性癖が偏りすぎているとか壊れているとか、それくらいの突き抜け方をしています。その原因は人それぞれなので、なんでそうなったかの原因は同じである事は無いですね。運営者の私自身も、極端な性癖の偏りを持っていると思います。他人の性癖を分析するのも些か失礼なので、私の話をしましょう。私がSMを知ったのは何時だったかを探ってみます。おそらく一人暮らしを始めてレンタルビデオ屋でAVを借りた時が初めてだったでしょう。しかし、あれはSMと呼べるものだったのか?扇風機の芯の部分に大きいバイブを装着して、回っている扇風機にバックから女性がお尻を近づけてバイブを挿入する鬼畜な内容でした。女性は絶叫していましたが、気持ち良がっている様には見えませんでした。『いや~!』と絶叫していましたが、痛くて叫んでいたのだろうと思われます。あれで気持ちよかったら、その女性は怪物ですよね。しかし、スタイルが良くて美顔だったんです。『なんて事をするんだ』と思うと同時に興奮していました。これが、私の特殊性癖に目覚める最初のきっかけだったと思います。あれは衝撃的すぎた。その後に、雑誌のグラビアで緊縛写真を見かけると大概が美乳の美女が縛られています。SMのAVも見ました。イヤらしいなとアブノーマルな世界への興味と憧れはありました。しかし、私の性生活はノーマルなままでした。遅漏だったので、少しずつセックスは濃厚になりましたが、彼女が居たのでまだ風俗店とは無縁の人生を歩んでいました。専門学校に通っている時に、ホストをやっていた同じクラスに居た1個年上の同級生に連れられてソープランドに行ったのが初めての風俗だったのですが、その時は自分の母親と同じくらいの中肉中背のおばさんが出てきたので、仲間の奢りとは言え驚き萎えまくって虚な目をしていたのを薄らながらも覚えています。次に風俗へ言ったのは、2年後くらいに携帯電話の営業会社で働いていた時です。複数台の携帯電話の契約をピンサロ店のスタッフさんにした貰った時に、『お金はいらないから遊んでいけよ!』と1SETだけ遊ばせて貰った時でしょう。まだ、自分から風俗に行こうなんてした事はありませんでしたから、私に取ってはその時の経験も衝撃的でした。今思えば、新人さんの研修がてら私に新人さんをあてがったのでしょう。遊び慣れていない感じで、変な事をしないと判断したんでしょうね。痩せてるエロい感じの若い娘が一生懸命にサービスをしてくれたのが、私の風俗に対する恐怖の意識と偏見を取り除きました。その後は風俗に行く様になりましたし、そこから僅か1年半後には、私がピンサロで働いていたのですから、あの時のピンサロでの経験は、私の人生を変えてしまったのでしょう。ちなみにその時は致していません。本サロではありませんでしたよ。その当時の私はどノーマルです。SMの知識はもうありましたし、憧れもありました。それでも私はただの格好付けですから、紳士を気取ってましたね。今なら当時の私を説教してやりたい気分です。『お前がその娘を開発するんだよ!』と、叱ってやりたい。私が30歳過ぎてからの話。悪友のS君がSMチャットにハマっていた時期があって、楽しそうにその話をするんですよ。これが引き金を引きます。私は、こっそりと千葉県のSMクラブに行ってみたんです。そのSMクラブはソフトなSMクラブで女性のルックスのクオリティが高かったのを覚えています。その経験が私を変態にしてしまう決定打になりましたね。30代にSMクラブへ10回以上通ったと思います。私は家庭を持たなかったので、風俗へ行ったところで負い目を誰かに感じる事もありません。しかも、父の会社が倒産するであろう事を視野に入れて高級風俗の勉強がてらにSMクラブへ通いました。この時は、私がSMクラブで働く事になるとは露にも思ってません。偶然、SMクラブへ通っただけです。そこでSMのスキルを身につけました。私は女王様を呼んだ事は一度も無く、M女さんと遊び続けました。精神的にはマゾヒストの気が強いですが、性癖的にはサディストですからね。そして、40歳になり偶然にもSMクラブで働き始めたのです。SMやSMクラブが何たるかに詳しくなったのはその後です。私は勉強熱心なので、きっちり構造理解出来るまで知ろうとします。納得が行かない事は徹底的に調べ上げます。こうやってSMクラブ怪獣は仕上がって行くのです。私が変態になった要因としてSMクラブが起点となっていますが、変態へ進化した本当の理由は全く別のところにあると思っています。
私は精神的な闇を幼少時代から抱えていたと思っています。両親の子育てに対する未熟さが起因となった私の発達障害が原因です。壊れていた夫婦関係を見ながら育ったのも悪影響へと繋がりました。両親がダブル不倫で絶交状態の家庭に育っているので夫婦が協力して家庭を作り上げるノウハウも意味も知らないままに育ち、人を愛することより人への憎悪をむき出しにしてしまう自分勝手な両親の生きるスタンスを軽蔑していました。私は内向的になり自分の殻に閉じこもりながら自我を辛うじて守る少年時代を送ってしまいました。途中からはメキメキと体力を付けた事により抑えていた怒りが爆発して家庭内暴力へ発展しました。それが抑圧の解放になれば私は極度のサディストへと傾いたのでしょう。ところが私は真逆に負い目を感じてしまったのです。それ以降は後悔と共に女性を殴れなくなりました。しかし、女性に対して本音を語れない人間にもなって行きます。そんな私を包み込んで気持ちを解放していったのが風俗の仕事でした。皆んなが様々な傷を負って風俗店に辿り着いていると知った時に、私は気持ちが楽になったのを覚えています。これは風俗で遊んでいるだけでは見えなかった事だと思います。この風俗に対する恩義が、私を風俗の仕事へのめり込ませました。40歳で風俗業界に出戻った事で、SMやSMクラブに対する経験と知識が積み上がり、私は予期せぬ形でSMクラブ怪獣へと育って行く事になります。師匠の兄さんへの恩義、師匠への恩義の私の気持ちが二人との死別によって、思いがそこから先に進めなくなっていたのも大きな理由となって行きます。私の忠誠心は筋金入りなので、結果として生きている周囲の人間よりも師匠と師匠の兄さんへの恩義の方が上回っていたかも知れませんね。周囲の人間は師匠の功績を奪った人間にしか思えていません。あれだけ師匠の生前に足を引っ張りまくっていた人間が正当な後継者な訳がない。私はエレガンスの後継者であって、箱ヘルに思い入れは一切ありません。しかし、『あぁ、こんな形に落ち着いたか』と箱ヘルの現状は苦々しく見ています。それでも回っているならどうでも良いかと、無関係を貫いているだけです。私が風俗をマネタイズの道具として見ていたなら話は別だったでしょうね。特需だった箱ヘルに執着したと思われます。私は師匠の最後のプロジェクトとなった『厚木エレガンス』の存続に拘り続けました。さらに紆余曲折を経て、今では都内の老舗有名店『マニアック六本木』と『アイスタイル六本木』を預かる身となりました。気がついたらいつの間にか『厚木エレガンス』本体(本隊・・・笑)を15年維持して、SMクラブ実録コラムを情報資産として作り込む仕事まで熟すSMクラブ怪獣へと成長したのです。しっかり弱点も書き記しておきましょう。『マネタイズはど下手クソです』しかし、マネタイズに興味がなかったからSMクラブの存続へ気持ちが傾いていたのですから、なるようになっていたんでしょう。私のSMとSMクラブへの拘りが育まれて、そこに私の性癖と私が抱えていた病までもがシンクロして完全体の変態怪獣へ進化しました。その過程は、複雑な事情による異常な境遇だったと捉えています。ごく普通な一般的な性の解放とは、かなり意味合いが違います。お分かり頂けましたでしょうか?SMクラブへ辿りつくキャストさんやお客様が持ち合わせている傷を軽んじていないんですよ。だから、S側がM側を都合よく利用しようとすると、私は敵意を剥き出しにして噛み付くんですよ。ちゃんと私なりの背景と根拠が、そこにあるんでしょうね。ここまでSMやSMクラブへと傾斜していった私の人生の構造を理解してしまうと、もう途中で立ち止まってはいけないんだと考える様になります。私はこのお店の未来を見届けなければいけない。私に創造出来るものは自分で創って、次の世代に引き継がねばならない。私が先人から学んだ事。私自身が独学で身に付けた事。私と関係のない歴史を積み上げてきた老舗の人気SMクラブが二店舗も私の人生と交錯した事。キャストさんや周囲の関係者と知り合った事。全てが私の宝なんだと思っています。これからも未来の友人達は増え続けるのだろうと思います。私は特殊性癖店の長になってしまった事を恥じていませんし、今では誇りに思ってます。それは私の性癖が普通では無かったところが起点となっているのだと振り返っています。私は性格も性癖も人生までも歪んでしまったのです。私の見解が、世間一般の常識とは大きくズレているのも分かっています。しかし、ズレていたから今がある。その文脈を大切にしないと罰が当たります。私がおかしかったから、私にしか出来ない命題が誕生した。私は、人生をかけて命題に向き合うのでしょう。言い過ぎだとは、全く思っていません。