2026-09-19 23:09マルキ・ド・サドを読む:第一部『ソドムの百二十日』EP.03





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司書は今夜、前々夜に訪れた、あの石造りの小部屋へと、再び私を導いた。窓のない壁に、燭台の炎が、鉄格子を模した意匠の影を、揺らめかせながら投げかけている。前々夜、この部屋で聞いた、作品誕生の物語を、私はまだ鮮明に覚えていた。
「今夜は、場所そのものに目を向けましょう」と司書は静かに言った。「バスティーユという監獄が、なぜ、これほど巨大な文学を生み出す土壌になり得たのか。その逆説について、じっくりと考えていきたいと思います」司書は壁に映る影を、しばらく見つめていた。「自由を奪われた人間が、自由という主題を、これほどまでに執拗に書き続けたという事実。この矛盾そのものが、今夜の主題です」
私は、前々夜に語られた、獄中での執筆という状況を思い出しながら、今夜はその「場所」という要素そのものに、より深く光が当てられるのだろうと、静かに予感していた。
SM奇譚 創戯旅団 外伝第75夜
世界禁書図書館~SM・退廃・倒錯文化研究~ 「マルキ・ド・サドという怪物」を読む
第一部『ソドムの百二十日』:「欲望を分類する」という狂気
episode.3「バスティーユという監獄が生んだ文学」
※2026年09月19日23時11分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年09月19日22時44分【note有料投稿】
■第一章:バスティーユという建造物の記憶
司書は、部屋の隅に置かれた、古い石の模型を指差した。要塞のような、いかつい輪郭を持つ建物だった。「バスティーユは、本来、十四世紀に建てられた要塞でした」と司書は言う。「パリの東側を守る軍事施設として築かれ、後にフランス国王の勅命によって拘束された者を収容する、国家の監獄へと姿を変えていきます」
私は、この建物が持っていた、社会的な意味について尋ねた。
「バスティーユに収監されるということは、通常の司法手続きを経ない、いわば国王の恣意による拘束を意味していました。レットル・ド・カシェと呼ばれる勅命によって、裁判もなく、時に理由さえ明確にされないまま、人はこの分厚い壁の内側に、長期間、留め置かれることがあったのです」司書は模型にそっと手を触れた。「サドがこの場所に移されたのは、1784年のことでした。彼はすでにヴァンセンヌの城砦で、長い監禁生活を経験していましたが、その後、バスティーユへと移送されます。そしてこの場所で、翌1785年、私たちが今研究している『ソドムの百二十日』が、書き記されることになるのです」
私は、この建物そのものが持つ、象徴的な意味について、さらに尋ねてみた。
「バスティーユは、単なる一つの監獄ではありませんでした。それは、旧体制という巨大な権力機構が持つ、恣意的で不透明な支配の象徴でもあったのです。後に、この建物が革命の口火を切る襲撃の対象となったことは、決して偶然ではありません。サドが、まさにこの権力の象徴とも言うべき場所で、権威や体制への根深い懐疑を作品に込めていたという事実には、深い皮肉が宿っていると、私は思うのです」
私は、当時のバスティーユが、実際にどのような収容者を抱えていたのかを、さらに尋ねてみた。
「面白いことに、バスティーユに収監されていた人々は、決して凶悪な犯罪者ばかりではありませんでした。むしろ、政治的な言論によって国王の不興を買った知識人や、家族間の争いによって幽閉された貴族の子弟など、多様な背景を持つ人々が、この壁の内側に留め置かれていたのです。ヴォルテールもまた、若き日にこの場所に収監された経験を持つ一人でした。つまりバスティーユは、単なる犯罪者の収容施設ではなく、旧体制が持つ、恣意的な権力行使の、いわば縮図のような場所だったのです」
■第二章:監獄文学という、一つの系譜
司書は書架の奥から、様々な言語で書かれた、古い書物の背表紙が並ぶ一角へと、私を導いた。「実のところ、獄中で生み出された文学作品は、サドに限った特異な現象ではありません」と司書は言う。「人類の文学史を振り返れば、監獄という極限の環境が、思いがけず豊かな創作の土壌になった例は、決して少なくないのです」
私は、そうした先例について、詳しく尋ねた。
「たとえば、中世の哲学者ボエティウスは、投獄され処刑を待つ身でありながら、『哲学の慰め』という、後世に大きな影響を与えた著作を書き上げました。あるいは、セルバンテスもまた、投獄の経験を持つ人物です。近代に目を移せば、オスカー・ワイルドが獄中で綴った書簡は、彼の文学の中でも、極めて重要な位置を占めています」司書は、これらの書物を、順に指でなぞった。「これらの作品に共通しているのは、身体の自由を奪われた極限状況が、かえって、精神の内側への、深い掘り下げを促したという点です。外界との接触を絶たれることによって、人間は、自らの内面と、否応なく向き合わざるを得なくなります。この強制された内省こそが、獄中文学というジャンルに、独特の深みを与えているのだと、私は考えています」
私は、サドの場合、この一般的な傾向と、どのように重なり、あるいは異なっているのかを尋ねた。
「多くの獄中文学が、内省や、精神的な救済、あるいは信仰への深まりを主題としてきたのに対し、サドの獄中での執筆は、むしろ、外界の道徳や制約からの、想像力による徹底的な逸脱を志向していました。この点において、彼の獄中文学は、同じ系譜に連なりながらも、極めて異質な方向性を持っていたと言えるでしょう。内省ではなく、むしろ、内側から外側へと、想像力を爆発的に押し広げていく。これが、サドの獄中執筆が持つ、際立った特徴なのです」
私は、この違いが生まれた背景について、さらに尋ねてみた。司書はしばらく考えてから答えた。
「一つには、信仰という拠り所の有無が関わっているのかもしれません。ボエティウスやワイルドの獄中の文章には、それぞれの形での、超越的なものへの信頼や、救済への希求が、通奏低音のように流れています。しかし、サドという人物は、啓蒙思想の申し子として、そうした超越的な信仰そのものに、極めて懐疑的な立場を取り続けました。内省の果てに救いを見出す先が失われたとき、精神は、内側に沈み込むのではなく、外側へと、極限まで拡散していかざるを得なかったのかもしれません」
私は、この対比をさらに広げ、獄中文学というジャンル全体を、より大きな視座から捉え直すことができないかと尋ねてみた。司書は静かに頷いた。
「獄中文学というジャンルは、突き詰めれば、極限の不自由という条件のもとで、人間の精神がどこへ向かおうとするのかという、一つの壮大な実験の記録の集積だと言えるでしょう。ある者は信仰へ、ある者は自己省察へ、そしてサドのように、ある者は想像力の徹底的な解放へと向かう。この多様な方向性そのものが、人間の精神が持つ、計り知れない幅の広さを、私たちに教えてくれているのです」
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ここから有料パートです
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ここまで、バスティーユという監獄が持っていた歴史的な意味。そして、そこから生まれた「獄中文学」という特殊な文学の系譜について見てきました。身体を閉じ込められた人間は、なぜ文章を書くのか。自由を奪われた人間は、なぜ自由について考えるのか。そして、なぜサドは、自由を奪われた監獄の中で、あれほど極端な「自由」を描き続けたのか。
ここからが、今夜の本題です。第三章では、「自由を描くために、閉じ込められるという皮肉」という、サドという人物と『ソドムの百二十日』を読み解くうえで避けて通れない逆説へ踏み込みます。さらに、
自由を奪われることで、想像力はどう変化するのか
獄中という閉鎖空間は、創作に何をもたらしたのか
サドの「欲望を分類する」という異様な執筆姿勢と、獄中生活にはどんな関係があったのか
そして、現実のバスティーユと、作品内部の「シリング城」はなぜ響き合うのか
最後には、現実の監獄から『ソドムの百二十日』内部の密室へと視点を移していきます。「監獄で書かれた作品」というだけでは見えてこない、もう一つ深い構造へ。ここから先は、その扉を開けます。
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