2026-08-30 09:50第三期初期の功労者に感謝を述べさせて下さい第二部(368夜)





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SM奇譚 創戯旅団 第368夜 第三期初期の功労者に感謝を述べさせて下さい-第二部-
※2026年08月30日10時10分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年08月30日09時33分【note無料投稿】
私は神とは、人間の脳内に潜む、人間が作り出した都合の良い架空の存在だと思っています。八百万(やおろず)の神なんて表現もありますが、私は1,001夜の話に魂を注ごうとしているので1,001人の神々を描いている最中です。もっとも1,001夜に登場する神々の大半はSMクラブの中に存在していて、サービス地雷神に至っては頻繁に登場します。私は神々の愚行に頭を悩ます理解力が足りない要領の悪い司書なのでしょう。そしてSMクラブに寄り道をする神々(お客様)もまた完成されている神では無く何か悩みを抱え探し物をしているのです。性という追及するとあらぬ方向へ向かいかねない危険な営みとどう向き合い、どう制御して行くかの落としどころを探す為に神々はこの地(厚木エレガンス)を訪れます。私が守っている場所とは、そんな場所ではないでしょうか?常人には必要のないものであり、必要としている少数の神々の為の地下文化圏でしょう。日本中に様々なSMクラブがあり、様々なスタンスで営業しています。SMクラブの経営や営業はだから面白いのだと、私は本気で思っています。自分の中にある本当を探す旅になるじゃないですか。私は、私の中に自己規律を作る事に苦しんでいる人間だと思うんですね。それでも自分なりの規律を持っていたいですし、仕事人として模範になりたい願望もあります。SMクラブに住む民が何を言ってるんだという話ですが、私の根幹がマゾヒストだから来る苦悩だと思っています。常に思い悩み自制する事で魂を浄化しようと考えているのだと思います。私が各SMクラブには、各々に個性ある思想があるから面白いのだと言っているのも大事な事です。相容れないだけで争う必要性は感じないですよね。相手の考え方を理解する事は出来ると言う話です。自分がやるかどうかは別問題で、考え方は違ってあたり前だよなと思っているに過ぎません。SとM。支配と服従。SMクラブ。欲望と自制。考え方は個人差がある事を尊重されなければならないと考えています。私個人はSMクラブにモラルを持ち込むタイプだという事です。自由を求める気持ちは大いに理解出来ますよ。私は偶然にも自由を求める自分勝手な人間ばかりをまとめなさいと、かなり厄介な命題を課されてしまっていたので、その中に規律を作って、平和を作り出そうとしていただけの人間だと思っています。その環境を押し付けられたからそう考えただけであって、普通の人はそんなやっかいな命題を与えられたら、拒否して逃げるでしょう。厚木エレガンスは私にしか出来ないよといつも言っている真意です。支配と服従を自由奔放に求める人達を集わせ、平和に遊んで貰う為には、最低限の規律を用意しないと誰も動かない(機能しない)という現象を前にしているから、最低限のルールは守りなさいよと言ってるだけです。警察官が法律は守って下さいねと言うのは職務ですよね。私が本番をしないでください。野外プレイはしないでください。医療プレイはしないでください。人の悪口は言わないでください。と釘を刺すのも職務です。それを『SMクラブなのに、何言っちゃってるの?』と反抗する人間には歪んだ思惑があります。私はそれを容認する事は絶対にありません。私と言う人間の美徳は自制された世界にのみ存在しているからです。人の欲望を無制限に肯定してしまうから人は争う事を止めません。私は悪徳を許さない人です。たったそれだけの事ですが、生きる上で大事な事ですよ。犯罪行為の本番をSMクラブで追い求めるのは果たして正しい行為でしょうか?黙認しても良いのでしょうか?警察官に聞いてみて下さい。裁判官に聞いてみて下さい。情状酌量の余地なし。完全にアウトです。私はそのスタンスで生きている人間ですとだけ主張しましょう。そして同じ感覚を持てる人達とコミュニティーを形成したいと強く思い描いているだけです。誰がそれを否定する権利があるんでしょうかね。そっちの世界に居たい人はそっちの世界に居ればいいじゃないですか。『こっちの世界まで来て余計な言葉を口にせんでもいいよ。迷惑でしかない。速やかに居なくなってくれ』としか言えません。不毛な議論を戦わす気はありません。SMクラブのルールを決めるのに何を基準にしたら良いかは、規則を作る人間の常識と良識と金銭欲が複雑に絡み合い、判断が歪むから面白いのです。人間の判断力は金銭欲と射幸心により大きくブレてしまいます。風営法は、狡猾な法律だと思いますよ。射幸心を法律で縛り、犯罪を抑止する為の鉄の掟です。その法律を違反と黙認行為で7割の人間が守ってません。これは人の行いを是正すべき問題でしょうか?法律を改正するべき問題でしょうか?国会の中で討論する二択だとしたら、どちらが正解ですか?本番行為を厳重に取り締まるのが正解ですよね。では、私の発言は間違っていません。ところが本当に人間は抑えが効かない生き物です。自分を律しなさいよと言い続けているだけなのに、私が少数派になってしまうのは理解に苦しみますよ。ダブルスタンダードも大概にしておかないと必ず反動は来ます。いつかどこかで集中摘発で界隈が壊滅に追い込まれるか、風営法の改正で終わるだけでしょう。西川口の本サロ、日の出町のちょんの間、町田のたんぼ、小田急相模原の深夜営業。今は跡形もありません。壊滅させられた証拠ですよね。DC(デートクラブ)は風営法の改正で終わりました。SMクラブのプレイルームも絶滅しました。軽く考えていけないんです。しらばっくれて違反を続けている人達が、締め付けのタイミングで逃げ散らかすのはいつもの事です。その時になると、突然私は何もやってませんよと言い出す始末です。今まで本番やらないと食べていけないと話していた事を無かった事になんか出来ませんよ。だから、私はどんなに苦しくても自分の信念だけは絶対に曲げずに生きてきました。私の周囲でも本番に手を染めていた人間は逃げるしか選択肢がなくなりました。私が残り、他の人間がお店を去ったのは、たったそれだけの事です。自慢しているのではありません。『そうなってあたり前だろ!』と言っているだけです。少なからず間違ってはいなかったから、私だけが生き残ったのです。私が間違っていたなら追放されていたのは私だった筈です。しかし、自爆したのは私ではありませんでした。私はそれを、『全くやれやれだな』と眺めていただけでしたからね。間違った行いさえしなければ、転落する要因にならなかったでしょう。後は、粘り強く仕事に取り組めば結果は出せた筈なんです。しかし、射幸心に負けてしまった人が多かった。射幸心の誘惑と金銭欲はリンクしているので、何が正しいのかが見えなくなります。だから自制心が必要になるんです。性に突き抜けてしまうのがSMでありながら、その突き抜ける気持ちを抑える自制心を必要とされるのがSMクラブです。風営法が射幸心の抑制を目的としているのはその為です。法律で縛らないと、人間の欲は暴走するんですよ。性欲と金銭欲が絶妙に絡んでいるから人は判断を見誤ります。これが本当に難しいんですよ。ステーキとおにぎりが並んでいます。ステーキを食べると捕まります。しかし、監視の目はありません。それが、風俗店の現状だと思いませんか?構造にも問題があると思います。杜撰な監視体制なので、簡単に違反出来てしまいます。それでも自制心を持って、自分を律する事が求めらていれます。他責で理論武装しても、自分が欲に負けた現実だけが残る事になります。
私と悪友S君は第二期にタッグを組んであっさり関係が崩壊しています。理由は単純です。ワーカホリックと仕事をしない人のタッグだった。私は友人なので庇いましたが、どうやら庇われている事にも気づいてはいなかったでしょう。エレガンスはストイックなワーカホリックな数人がお店の屋台骨になっていました。真逆の方法論で仕事をすると、お店の足を引っ張ってしまう事になります。前セツに射幸心の話を挟んだのには意味があるんです。仕事をしすぎるのも褒められた話ではありませんが、それでお店が成り立っているとなると話は変わって来ます。仕事をしない側の言い分が通る=お店が崩壊する。私たちが携わっている仕事は、シビアな仕事です。楽して稼げる甘い仕事ではありません。実際は、どんな仕事でもそうだと思います。ましてや大不況の時代で、凌ぎを削るライバルが多い競争社会になっています。利権が少なければ仕事に対する常識も変わります。ここに難しさがあるんだと思っています。どうして私が生き残ったかの話とリンクします。私はストイックで真面目だったからです。私は悪友S君を悪い人間だとは思いません。寧ろ、気持ちの良い人間だと思っています。しかし、目の前の仕事に対する私達の組み合わせに難があっただけなんだろうと感じていたので、上手くいかなかった事には文句はありません。私はお店やキャストさんの人生(命運?)を背負う立場です。辛い判断でしたが、結局は悪友S君とのタッグを解消する事を選びました。仕方が無かったのでしょう。他に選択肢が無かったのは残念です。
そんな不本意な汚点を残してしまい、さらに第二期末期には厚木エレガンスの継承まで拒んだ悪友S君がですよ。第三期への橋渡しをして、厚木エレガンスを存続させる奇跡を起こした事を評価しないとフェアではありません。第二期末期に私が死にそうになっている時に、お寿司を買ってきたり、鳥の肉じゃがを作って持ってきたりと、クビ切りをした社長に対しても礼儀を尽くしてくれました。恩義を深く感じています。仕事をしなかった人でしたが、律儀さは何にも変えられない最強の武器だと最大限に評価してます。結局は人なんて、そうやって半分正解と半分間違いを繰り返す生き物なんでしょうね。私だって正しい判断を出来ていたか自身はありません。人を雇う難しさを感じています。私も玲子さんも悪友S君も、半分正解で半分間違いの人生を歩んでいるんですよ。三人共、私は間違ってないと思い込んでいるところまでが、どこか似たもの同士でもあるのでしょう。全員が事実誤認を犯している奇妙な人間関係です。何を語ろうとも、結局は、全ての責任はトッに戻ってくるのですから、私の落ち度だと認めるべきでしょうね。私自身がもっと素直にならなければならないと反省しています。そして玲子さんと悪友S君の人生に最大限の敬意を評します。『厚木エレガンスを救ってくれて、本当にありがとう。』心からお礼を述べさせて頂きます。この三人が互いに違う方向を向きながら、厚木エレガンスを救ってしまう事になるとはね。あの三者会談は持って良かったと、心より感じてますよ。