2026-08-17 09:44沈まぬ太陽(SM奇譚 創戯旅団 第360夜)





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SM奇譚 創戯旅団 第360夜 沈まぬ太陽
※2026年08月17日05時55分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年08月17日05時55分【note無料投稿】
なので私は素直に『マネタイズは苦手です』と言う様にしてみた。これがエレガンス第3シーズンに加わった新たな演出だ。私の欠点を包み隠すのではなく、私の欠点もフルオープンにしてみた。麻雀に例えるならば『オープンリーチ』だ。しかし、マネタイズのプロと私が組めればこれは理想のタッグになる。なぜならば、本来見る必要のない未来を知り尽くしているのが私だからだ。私は未来を見た上で、マネタイズよりもイデオロギーの保持を夢見てしまう人間だった。そこに違和感を感じる人が多かったのだ。あたり前だ。目先のお金を追っている人には興味のない事を私はせっせと動かしているのだ。理解出来なくて当然だった。これが『雇用』の中の支配と服従を狂わせる。私はその支配と服従をどうでも良いものとした。『7割やるから勝手に自分の事は自分で考えて』と言い放ったのだ。すると、目の前のお金を追っている人々は途端に何も出来なくなる。私からしてみれば、『お金が欲しいならやるから、全部自分で考えてみなよ』と良心的な対応をしているつもりだった。ところが、考える事が無理な人に、金はやるから考えてみろと言ったところで、何か考えられる人達では無かった。こちらからすれば、『お金は欲しい。でも考えたくはない』と思っている人は、随分と甘ったれた考えだなとしか思えないのだが、ここが風俗の世界だと言う事を、私は計算に入れてはいない。学が無くてあたり前の業界だった事を考慮していない戦略だ。こんな事を言うと怒られるが、それでも敢えて言おう。要は、『猿でも分かる仕事』を設計しないといけなかったのだろう。だから『猿も教育したら人間になる』を編み出したのが『横浜風俗大学』だ。私は暴言を吐いているのだろう。だが、それで良い。学長自ら認めよう。私も猿だ。猿だから努力して人間に進化しようと思っている。この文脈をストレートに解釈して馬鹿にされていると思わないで貰いたい。これは比喩であり、『私達で正しい風俗業界を創造しようぜ!』と言っている。それを出来るのが『エレガンス猿軍団』だ。ちゃんと『反省』と言われれば『反省』だってする。『日光猿軍団』との大きな違いは、『想像』と言われたら『創造』する事だ。普通の猿は『想像』と言われれば『妄想』をする。私達は『妄想』を選ばずに『創造』を選ぶ人達だったからSMクラブに引き寄せられているのだ。私達は感情を操ろうと挑戦するし、関係性の構築にだって心を馳せている。試行錯誤を繰り返し、失敗を積み重ねながらも、そこに性に関する奥行きがある事を理解しようとして来た。一人一人の人生には違う背景がある。同じ風俗の世界を見ても、視える景色は違うし、着眼点がそもそも違う。それで良いのだが、相手には相手の世界観が存在する。私達が学ばなければいけないのは世界観が融合する事で書き変わる新世界を受け入れる心の広さを持たねばならない事だ。相手の気持ちを尊重し、相手の心を理解する譲り合いの気持ちが無ければ、SMは成立しない。支配と服従なのに、思いやりと理解と許容が求められる。そこを上手く解釈出来ずに失敗をする。BDSMの論理は上手く出来ている。SMで人間関係が破綻しない様に配慮してある構造だ。しかし、人は『私は私』と主張したがる。自我(自尊心)はやっかいだ。なんで理解してくれないと不満を持つことになる。思考停止とまではいかないが、自分の思考では追いつかないところを補ってくれる人物を求めている。求めているのに、自我が他人の思想を拒絶してしまう。関係性の構築はそうやって暗礁に乗り上げる。特に女王様とS男の自尊心は厄介だ。どこまでも合わせてやらないと納得しようとしない自分勝手さが関係性の障壁となる。M女とM男の主体性の無さも、やる気の無い、協力する気の無い、無気力さに誤解される。どう言う事か?両極ともにコミュ障一歩手前なのだ。バランス悪いもの同士が初対面で相手を警戒しながら付け合わせをする。その中でぎこちなくプレイに入るのだ。上手くいかなくてあたり前だ。失敗を正解に近づけて行くロジックを理解出来ていないから、平行線を辿ったまま関係性は終了する事になる。これが構造解析だ。失敗のメカニズム。『そんな事くらい全部分かっているよ。馬鹿にして。』と大半の人が思ったであろう。『違う』空振りの三振をした現実だけが残された現状を見たく無いだけだ。頭では理解出来ていても、ほとんどの人が失敗をする。修正に修正を重ねてようやく一致し始めるのがSM遊戯だ。たった一回で出来るほどパーフェクトな人垂らしなら、そもそもSMクラブを介する関係性など必要としないでは無いか。職業SMと見下す人間まで出てくる始末だ。関係ない。趣味でやっていればSMを理解出来ているとでも思ったか。思い違いもいいところだ。職業だろうが趣味だろうが、理解力の足りない『ノウタリン』には出来ない世界だ。『お呼びでない』そもそもがマウントを取ろうとしている時点でBDSMは崩壊している。それをSMだと思い込んでもパートナーは興醒めする。自分側だけが分かったつもりで、相手に理解を強要しようとするから破綻しているだけだ。SM遊戯はお金がかかる。そんな事は当然だ。何度も通い詰めながら関係値を深めなければならない世界観を理解出来ていない。快楽の度合いに奥行きまでが存在するのがSM遊戯だ。要は懐の狭い人間や頭の悪い人の挫折する割合の高い遊戯という事だ。ここまで分解していくと、本当に『横浜風俗大学』が必要だった事を理解して貰えただろうか。しかし、頭では分かっていても具現化出来ないのが私達だった。それでも諦めない。不屈。『沈まぬ太陽』に描かれている人生に、多くの人が共感するのは、それだけ何かを成し遂げるということが困難極まるという事なのだろう。皆んな苦しんでいるから、『沈まぬ太陽』を見て涙したのだ。私にも同じ試練が課されているのだと考えている。上手くいっていないのは、私では無く、キャストさんとお客様だ。その失敗は、全て経営者である代表に帰する。だから私の失敗なのだと反省する。本当にそうだと思う。お金を頂く以上は、真ん中で私が不協和音とズレを緩和させる構造を考えつかなければならない。それがSMクラブを経営するという事だ。そこが不完全だから『亀裂』を育んでしまったのだ。『空振りの三振をしたのは俺だったか』と深く反省している。要はこれだ。反省する前に人は逃げる。出来ない事を反省などしようとしない。しかし、ここまの説明で聡明なる読者諸君ならお気づきだろう。『SMクラブとは躓きこそが本当のスタート地点だ。』その先の関係性こそが本当のSMだ。そこの領域まで踏み込んで行くと、視える景色が全く変わってくる。グランドラインには到達できるであろう。ワンピースに辿り着く為の大事な関所だ。グランドライン到達前と到達後では、考えなければならない事は180℃変わる。私はせめて皆さんをスタートラインへ導くお手伝いをするナビゲーターにならないといけないのであろう。
どうだろうか。太陽は沈んでしまったであろうか。私は、まだ首の皮一枚繋がっている気分で、仕事に取り組んでいる。ちなみにここまでSMクラブを掘り下げて理論構築をしようと試みたSMクラブ経営者が過去にいただろうか?皆さんが、そんな文献を目にしたことがあったら逆に教えて欲しい。私もその書物を読み耽るとしよう。しかし、こんな矛盾と悪意だらけの世界を書物になど出来るのだろうか。答えは一つ。出来ない。それは私でさえ同じ事だろう。だから、起承転結のある小説は書かない。あくまでも、その場で起こってしまった現実だけを忠実に書き記すに留める。そこに物語を組み込んだ時点で、途端に胡散臭い嘘物語に転落する。私達の生き様などは要するにその程度のものでしかない。ご大層に語れる人生観など何一つここには存在しない。あるのは日々の混沌を死に物狂いで消化して、魑魅魍魎に飲み込まれない様に阿鼻叫喚を晒す事くらいしか出来ない事実だけだ。しかし、その阿鼻叫喚がSMそのものだった事もまた事実だ。ザッヘル=マゾッホもマル・キ・ド・サドもそうだったではないか。その一生を賭けても不完全燃焼なままに一生を終えている。SMの世界の始祖二人が正解を視なかったのだ。YouTuber的に表現してみよう。『言うてあいつら巨匠だぞ』その二人を持ってして、結論の出なかった世界線の結論を私達が見れるとでも思ったのであれば、それはただの思い上がりだ。SMクラブを経営したぐらいでは全てを理解した事にはならない。であるならば、その下で働いたキャストさんも、遊びに来たお客様も同じ事だ。だから私達は学びながら造詣を深めていかねばならないのである。ただ、これも同時に書き記しておこう。『不完全で良いのだよ』不完全ながら思い悩むのもSMの真髄だ。だから、私達は考え続ける事に意味があると真剣に思っている。不屈で行こう。前を向く事に意味が必ずある。後ろを見て弱気になるくらいなら、強気を忘れずに困難に立ち向かう事を楽しもう。そこに人の優しさを感じる事もあるだろう。そうなった時にパートナーの優しさを噛み締める事になる。支配して良いモノなど、この世には何一つない。これはあくまでも私の個人的見解に過ぎないのだが、たった今、私はSMクラブの経営者の癖に支配を否定した自覚がある。どMだ。