自殺してしまったスタッフ(SM奇譚 創戯旅団 第350夜)(2026-08-07 00:52) | 総合SМ倶楽部 厚木エレガンスのSM店日記一覧

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2026-08-07 00:52自殺してしまったスタッフ(SM奇譚 創戯旅団 第350夜)

自殺してしまったスタッフ(SM奇譚 創戯旅団 第350夜)
この仕事をしていると定期的に自殺と向き合う事になる。職業柄だろう。精神的に弱い人間や責任感が強い人間が自死を選ぶ事はしばしばある。今回は私の知り合いが自死した三つのケースを話そうと思う。全て、近場のお店で起こってしまった悲しい出来事だったのだから、やるせない気持ちにもなる。

SM奇譚 創戯旅団 第350夜 深夜のほんとうにあった怖い話②自殺してしまったスタッフ
※2026年08月07日00時11分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年08月07日00時11分【note無料投稿】

①系列のピンサロの店長だったTさん

私の知り合いの自殺は、Tさんの自殺が初めてのケースだった。Tさんは私がこの仕事を始めたときには、既に系列のピンサロの店長だった。私が店長見習いとしてピンサロに出戻りしてからは、いろいろアドバイスを貰う関係だったので、私にとっては嫌な感情が全く無い人だった。私がビギナーだった頃は系列のピンサロの方が勢いがあった。私が店長になってからしばらくして、気がついたら私のお店の方が売れる様になっていた。私に商才があったとは思っていない。たまたま捨て看板戦略が当たっただけだ。偶然にも、お客様が定着する黄金比率を、師匠と私が見つけてしまったのだろう。しかし、Tさんは向こうの幹部(中間管理職:お世辞にも優秀とは言えない)にプレッシャーを掛けられていたであろう事は想像がついていた。いつの間にか、向こうのお店からいなくなってしまった。それからしばらくして、どうやら893にお金を借りてデリヘリを開業したらしいと伝え聞いた。私は心の中で上手くいけば良いねと願っていた。しかし私がTさんと連絡を取る事はなかった。私のお店がバズっており、それが故に、系列店の店長の座を追われたTさんに負い目があったのも少しある。私は次第にTさんの存在を忘れていった。Tさんが自殺したと聞いたのは、私がお店を辞める半年ほど前だったと思う。立ち上げたデリヘルが上手くいかずに、893に借金を返せなくなり、最後は高尾の山中で睡眠薬を飲んで凍死したらしい。Tさんの彼女がお店に彼の行方を探しに来た事で、Tさんの嫁さんに連絡を取ってみたら事実が発覚。Tさんの彼女と言うのがまた癖の強い人間で私のお店でも1日だけ雇っていた。出勤の際にお店に出勤して来ないで近くの喫茶店に居座っていたので、私は迎えに行かずに自然消滅させた嬢だ。まさか、系列店に潜り込みTさんの愛人になっているとは思いもしなかった。間一髪、私の危機回避能力が機能していた事も否めないだろう。自殺にまで追い込まれてしまうくらいならば、デリヘルをやろうなんて考えずに、ピンサロの店長で居れば良かったのだと思う。プライドが高い人だったので、師匠と私のタッグに負けたのが余程悔しかったのだろう。しかし、会長である師匠が無尽蔵にお金を掛ける事の出来るお店と、中間管理職の人間が管轄するお店では、投資金額に差がありすぎる。それがそのまま結果として反映されただけだ。私は戦術ではなく戦略で数字を叩く事に成功しただけで有り、私に局地的なマネタイズ能力があったとは思っていない。私から見ればそれだけの事だった。だから辞めて欲しくは無かった。それだけに自殺したと聞かされてやるせない気持ちになったのを覚えている。

②3階の箱ヘルの幹部だったKさん

この自殺騒動があった時、私はお店を辞めて千葉の実家で働いていた。Kさんは私がピンサロで働き始めた頃からピンサロの上の箱ヘルの幹部だった。厚木には箱ヘルが二店舗有り、風営法の兼ね合いから、箱ヘルを新規出展出来ない地区だったので、特需の様な売り上げがあった大人気店だった。シード権を得ているお店なので多少売り上げを落とそうが揺るがないだけの売り上げを常に叩けていた。そんな好調を持続していたお店だっただけに、Kさんがお店を辞めたと伝え聞いた時には耳を疑った。辞める意味が分からなかった。もっと儲かる仕事があると唆されて、胡散臭い話に乗ってしまったのだろう。自分には商才があると思い込んでいた節もある。違うのだ。箱ヘルは、ただの特需だった。あの店は誰がやっても一定の売り上げが上がるお店なので、私の周囲の人間からは『誰でも数字を作れるお店』と呼ばれていた。そんなお店の売り上げを自分の実力と思い込んでしまったのは、事実誤認である。昼の仕事をしてみると無情な現実を突きつけられたのだろう。私が知る限りではKさんは女の管理は出来る人間だったので、箱ヘルを辞めなければ成功者のままだったと思う。そして足を引っ張ったポンコツな人間の、仲間を奈落の底に突き落とす汚いやり口は有り得なかった。後日、師匠の見解を聞いたことがある。『お前の見立ては間違ってない』と言っていたし、『あいつがお店を辞めてしまったのは愚かな行為だ』とも言っていた。師匠からすればそう思うよなと、私も納得が出来た。昼の仕事で失敗をしてしまったKさんは、その後は泣かず飛ばずだった。私は師匠に、『お店に戻りたいとKさんが泣きついてきたらどうしてましたか?』と聞いた事がある。師匠とKさんは若い頃の親友だ。当然助けただろうと師匠は言っていた。実際に、そうなって欲しかった。しかしKさんがお店に戻る事は無かった。持病の糖尿病の症状が重くなり、最後はおむつをしていたと聞く。私も糖尿病で片脚を切断しているので、糖尿病に関する知識は人より持っている。Kさんの症状が改善される事は無かっただろう。Kさんの娘さんが銀行マンと婚約したと聞いた直後に、Kさんが森の中で首を吊って自殺した事を知った。その事も師匠に、どう思っていますか?と率直に聞いてみた事がある。『俺はあいつの事を尊敬してるよ。あのタイミングで自殺したのは凄いと俺は思った!。』と語っていた。師匠がKさんの行動を貶すどころか、凄かったと評したのには意外だった。本当の友人だなと思ったし、Kさんが上手く言っていないのだったら自分が面倒を見たかったのだろうとも感じた。私とKさんの関係は、のん兵衛で食い道楽のKさんにはひたすらご馳走になった記憶しかない。豪快に人に奢るのが好きな人だった。私なんぞ部下でもないのに、ご馳走された記憶ばかりだ。根が良い人なのだ。だから余計に自殺してしまった事が悔しい。私とKさんが師匠とサイパンに旅行へ行った時に、師匠に『たまには金を出せ』とKさんが怒られた事があった。厚木に戻ってから、私とKさんは2人で飯を食ったのだが、『俺が一番、部下に奢ってるよな』と怒っていたのには、笑いが込み上げたものだ。それも事実だったが、他人から金を巻き上げたり、裏でちょんぼしていた事も私は知っていたので、どっちもどっちな一面を私は知っていた。二面性がある人なので正解は半分だけだろうと思っていたのも、懐かしい思い出だ。

③1階のピンサロの社長のFさん

この人の自殺は、私の中でも衝撃的な出来事だった。自殺してしまう約1年前に会談を持っていたからだ。当時は私はギャルズスタイルを閉鎖する直前で、同時にエレガンスとグランブルーの規模を縮小する事も決まっていた。私はエレガンスを箱ヘルに返還して元鞘に戻してしまう事も選択肢に入れていた。しかし箱ヘルには私の提案は断られる事となった。その時に、Fさんと話をしてみろと箱ヘルの社長から言われたので、私は会談を持つ事にした。私が提案したのは一緒にやるのはどうだ?という合併の提案を持ちかけた。先方は私の思惑を思い違いしていた節があり、何を勘違いしたか金主を探してきて、『やりたい人間がいるよ』と逆に提案してきた。おそらくは金主の下で自分が店長として回す事を画策したのだ。しかし、私は一緒にやるか?と持ちかけただけであって、厚木エレガンスを無償でくれてやるとは一言も言っていない。この時点で話し合いが噛み合っていない。彼がやりたいと手を挙げた頃には、私の脚の切断手術は成功して、私が生き残る事は確定していた。既に玲子さんから経営を続けて欲しいと提案を受けていたので、金主を用意したピンサロにエレガンスを譲渡したとしても、生産性も将来性も無いだろうと判断するに至った。あたり前である。金主の本業はメンズエステ。ピンサロの社長はSMクラブどころか派遣型風俗店もろくすっぽ知らない。その程度のスキルで、ピンチに陥っている派遣型SMクラブを再生出来るほど、この世界は甘くはない。彼らではエレガンスを潰してしまう未来しか見えなかったのでお断りする事にした。そこからわずか半年での自殺である。自殺した原因は薄々勘づいているし、私にしか本当の事は分からないだろうと思っている。何故ならば、私も同じ状況に追い込まれていたからだ。私は起死回生の生き残り策を編み出して生き残ってしまっただけだ。普通に対処していたら、私も自殺に追い込まれてもおかしくない難局だったと思う。私が追い込まれたのはその時が初めてでは無かったので、免疫があった。私の頭はおかしいのだが、その頭のおかしさを存分に利用したお店の再建策は考えついていた。実はピンサロと合併するBパターンも考えていた。どちらにせよ規模を縮小するしか奇跡なんか起きようもないので、私は先方のピンサロを閉鎖する事は進言しただろう。要は考え方、対処の仕方が彼の見立てでは生温いと私は感じていた。贅沢癖が抜けていないから金主を探す発想に傾いたのだろう。SMクラブの老舗ブランドを3つも保有している私の価値さえ理解出来ていなかった。田舎街の弱小ピンサロと違い、全国に数少ないSMクラブ界隈では規模や実態は別として、私が保有している老舗3ブランドは全国に知れ渡っている。無駄に知名度だけはあるのだ。不勉強極まりなかっただろうし、自分が追い込まれている状況を正確に把握出来ていなかったのだと思う。私の提案は彼にとっては地獄を見る提案だったし、泥水を啜らないと先に進めない提案だった。そんな提案を受けるくらいなら辞めた方がマシだとFさんは考えたのだろう。私はKさんの性格をよく知っている。1階と2階で売上の凌ぎを削りあった中だ。私の様な自分の生活を捨てでもお店を存続させる発想が彼には無い事も分かっていた。厚木エレガンスを回せる人間は私しか居ないのだろう。何を言いたいか?自慢したいわけでは無い。先鋒のピンサロを実質的に潰さない奇策を考えついていたのは外部の私だけだったという事だ。狂った秘策を練らしたら、私は一流だと思う。自慢では無い。狂ったと自己申告しているのだから正気の沙汰では無いという事だ。そこまで、私自身は追い込まれていたと思っている。それだけにFさんには同じ地獄の釜に入る事を求めた。しかし、そこまでの苦境に追い込まれている自覚があったかは、私には分からない。もう少し楽観視していたが、最後の最後に四面楚歌である事に絶望して自死を選んだ可能性が高いだろうと思われた。私は父の会社が倒産する時に銀行と取引先にフルボッコ喰らった経験もしていれば、厚木エレガンスが終わりそうな過酷な状況を4、5回は回避している。追い込まれても絶望する時間さえ残されていなかった。奇跡的に生きる道筋を見つけてはそこに姿を潜ます事で生存する手法しか知らない。しかし、数多くの不可能を可能にしてきたのもまた事実だ。再生屋として強引に道筋を作り上げることだけは本当に一流だったのだ。その手腕の真骨頂をFさんにも体感して貰いたかったが、私の言っている事を理解しようとする姿勢を全く感じられなかった。結果として自死に至ってしまう結末を目撃してしまったのだからやるせない。死ぬ事が全てだとは思わない。どんな惨めな姿を晒す事になろうとも、生きていればそこに見える希望の光に、必ず感謝する事になるからだ。これは死の淵から生還した経験を持つ人間にしか理解出来ない肌感かも知れないと思っている。

今回の話はここまでだが、次回も類似する人怖に関する話を続けよう。人生とは時に恐ろしい判断をしながら薄氷の上を歩かねばならない。恐怖体験を地で行っているのと変わらないと考える。今年の私の怪談話は全てリアルな話に終始するので楽しんで頂けると幸いだ。

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