2026-08-01 03:04環境変化(SM奇譚 創戯旅団 第344夜)





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SM奇譚 創戯旅団 第344夜 環境変化
※2026年08月01日00時01分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年08月01日00時01分【NOTE無料投稿】
あれから39年。SMクラブのコラムを毎日書いている人になるとは、高校生の私には知るよしもありません。当時は、何か音楽関係の仕事に携わりたいと考えていました。レコーディングスタジオか音楽雑誌社に就職したら人生が楽しくなるのではなかろうか?と考えてましたからね。しかし、夢は夢で終わってしまいます。競争の激しい世界で生き残れるほどクレバーな頭脳は持っていなかっただけでしょう。今回は私がエレガンスに入店してから、今に至るまでのエレガンスの変遷を検証してみましょう。紆余曲折、朝令暮改、七転八起。どんな言葉でも似合いそうです。本当に一筋縄にはいかないもので、初期の『エレガンス』からは今の『総合SM倶楽部 厚木エレガンス』は想像つかないくらいに変わりましたよね。それでは、私が師匠の元で雇われで働いていた第一期の頃のスタメン表を、作成してみましょう。
【第一期(2010年12月~2015年9月-4年10ヶ月-)】
主力メンバー
ほのか(真正M女) 週1、2回
りゆ(女王様) レギュラー(週4回、癌により途中退店)
一時期活躍したメンバー
紗羅(女王様)、あゆみ(真正M女)、しずか(真正M女)、みゆ(真正M女)、凛(女王様)、雅(女王様)、香奈(女王様)、玲子(女王様)。他にも沢山いましたが割愛しましょう。
ここら辺のメンバーさんを思い出しますかね。私も師匠もSMクラブが何たるかを理解出来ていませんでした。二人とも、過去にSMクラブで遊んだ事はありましたが、構造理解までは出来てません。私達もがむしゃらに仕事をしていた時期でしょう。不本意だったのは、りゆさんが不動のNo.1に成長する前に癌を患い離脱してしまった事。第一期を通して在籍していたほのかさんも週1、2回の出勤。主力不在のままにお店を回し切ったのが第一期でした。私が中途半端だったキャストさんの面倒を徹底的に見る事で、お店を維持した時期でしたね。疲れましたが楽しかったですよ。一部のメンバーはお店の雰囲気を悪くしてしまいましたね。辞めたり戻ったりを繰り返したメンバーもいました。私もひたすら我慢しながら温和にキャストさんの相手をしていたと思います。派遣型風俗店が入口商売(宣材写真等での初見の売り込みが非常に重要な商売)である事を、私は肌感で理解していたので、写真のみでピンチを乗り切ってしまったとも言えます。インチキ写真、お料理教室、夏休み&冬休み合宿。ありとあらゆる奇策を用いて苦しい台所をやりくりしていたと思います。師匠には師匠の鉄板の売れるお店作りの黄金比率があったのも理解出来ています。しかし、派遣型風俗店の構造理解は足りませんでした。店舗型激安風俗店のノウハウだけで凌げるほどSMクラブは甘くありません。それでも貴重な経験をさせて貰ったので文句はありません。第一期でさえ、私の奇策がお店に多大な貢献をしたのでしょう。私のイレギュラーな動きが無かったら、もっとあっさりお店が詰んでいたのは間違いありません。4年間ひたすら我慢してくれた師匠の根気にも敬意を評します。あの師匠の我慢は、しっかり15年間の営業に繋がってますので感謝しかありません。当時は、二人幹部クラスがいましたが、一人は半年でクビになりました。その方が、長年働いているにも拘らず文句しか言えない人間だったのは想像出来ています。文句だけ言うのは無責任なポンコツなんですよ。自分の力でねじ伏せるスキルが無いから、残念ながら文句しか出てこないのです。もう一人の幹部も、使えない人だったので左遷されてしまいました。エレガンスに貢献出来ていたのは、残念ながら師匠と私だけでしょう。キャストさん達は頑張りましたよ。スタッフよりは優れた評価になりますね。前線で身体を張って頑張ったのは最大の評価に値します。
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「エレガンス」は、ここから別の店になった。
第二期の厚木エレガンスは、第一期とは全く違うモンスターへと変貌していきます。
バック率を大幅に引き上げるという、常識では考えられない決断。
そこから始まった大量のキャスト入れ替え。
そして、後に10年近くエレガンスを支えることになる二人の女王様。
さらに、
「Mサロ ギャルズスタイル」という、苦肉の策から生まれた異形の店舗。
私はなぜ、そこまで無茶をしたのか。
なぜ、採算を度外視してまでキャストを集めたのか。
なぜ、厚木エレガンスは「上手く経営出来ていた店」という外からのイメージとは裏腹に、15年間ずっと薄氷の上に立っていたのか。
そして――
私が死んだ場合。
私が経営出来なくなった場合。
厚木エレガンスそのものを誰かに引き継ぐ場合。
その最悪の未来まで想定して、私が密かに残していた「保険」と「余白」とは何だったのか。
さらに第二期の終盤。
私は、厚木エレガンスを巡って二つの大きな選択肢と向き合うことになります。
一つは、別業態の経営者からの話。
もう一つは、誰もが知る大手SMクラブからの話。
しかし、私はどちらも選ばなかった。
その選択が、後の第三期へと繋がっていくことになります。
そして第三期。
まさか私自身が片脚を失い、リハビリ施設から店舗を動かすことになるとは――
高校生の頃、文芸部の部室で『天声人語』を読みながら時間を潰していた私には、想像すら出来なかったでしょう。
店が消えそうになった時、私は「店を守る」のではなく、「店の歴史そのものを記録する」という、とんでもない方向へ走り始めました。
その先に誕生したのが、
『SM奇譚 創戯旅団』
そして、
『横浜風俗大学』です。
第一期は「生き残るための奇策」。
第二期は「無茶を承知で店を拡大する奇策」。
そして第三期は「存在そのものを文化と情報資産に変えてしまう奇策」。
厚木エレガンスは、15年間で二度、別の店に生まれ変わっています。
その変化の裏側には、私自身の人生の変化も重なっていました。
ここから先は、第一期を生き延びたエレガンスが、
「なぜ第二期へ移行出来たのか」
そして、
「なぜ第三期という、誰も予想しなかった現在に辿り着いたのか」
を検証します。
店の歴史を語っているようで、実はこれは――
私自身の人生が、どのように変化してきたのかを検証する話でもあります。
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ここから先は、第二期・第三期の核心へ。
厚木エレガンスは、なぜ15年間消滅しなかったのか。
そして、なぜ今も「未来に全盛期がある」と言えるのか。
第344夜「環境変化」――後半戦、開幕。
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https://note.com/ideal_rabbit5011/n/n4a2c5dc7492e
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