2026-01-26 21:25SM奇譚 創戯旅団 第273夜 要するに俺は変なんだ





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※2026年01月26日21時22分
いつも最終の結論は表題に収束します。結局のところ私は変人です。それは自覚しているんですよ。何でそうなってしまった?変人へと至る背景に特殊な歴史があると思うんですよ。どんな人生を歩んだら、この状況に辿り着いてしまうのか?心に傷を負い手負いの状態でクラブの門を潜っているのは確実です。もしかしたら人間が壊れていると言う表現の方が適切だったりしますよね。人の人生とは、摩訶不思議に形成されてるんです。私自身が壊れていなければ、皆さんと私の人生が交錯する事は無かったんです。どこでそうなってしまったか?普通の筈だった私の人生に、壊れてしまった瞬間が必ずあるんですよ。流石に他人の人生を深掘るのは下世話で下衆いので、私自身を自虐的解体新書にしてみましょう。
いつ頃に私は壊れたのか?多分、最初の予兆は小学生の頃だったと思うんですよ。小学1年~3年くらいまでは内向的だったんですね。そんな性格ですからいじめられました。ところが小学3年の途中で遂に私の我慢が限界に達したんです。発狂して虐めてきた人間をぼっこぼこにしてしまったんです。どうやら私は徐々に、力もついてきていたんでしょう。殴り合いをしても、やっつけられないくらいには成長してしまったのです。暴れる事で自己保身を覚えてしまったはよろしくないですよね。私は発育が人より遅れていたのだと思います。それを小馬鹿にした人間に虐められたのです。ところが小学2年くらいから私の発育は、逆に急激に早くなりました。人並みに喧嘩は強くなり、コミュニケーション能力も身につけ、学力が上がってきたのです。学問でも運動でも底辺にいる生徒は、簡単にぶち抜けました。それは母親のスパルタ教育の賜物でしょう。私的には、いやいややっていましたけれどね。母は発育が遅れている私をなんとか助けたかったのでしょう。しかしやり方は利口ではありませんでした。私はそのスパルタに重みを感じ、母に対する怒りを覚えるようになりました。小学校5年、6年の頃は勉強をしたく無かったので反抗して、母親を殴るようになってました。怒りを暴力で表現してしまったのです。しかし母は東大出身の家庭教師とアメリカ人の英語教師を私につけて、私立の中学校を受験させました。偏差値は57か58くらいの金持ちのボンボンが行く中学校に私をぶち込んだのです。当時の両親はダブル不倫でした。それを私も、薄々勘づいてはいたのです。そんなろくでも無い両親が勝手に決めてしまう人生を歩くのは、まっぴら御免だと考えていました。親の意思とは関係無しに高校受験は真面目に取り組みました。無事に偏差値69の進学校に入る事は出来たのです。しかし私の学力の限界点はそこら辺でしたね。トップ校には入れない学力で終わりましたからね。さらに高校からは勉強を一切しなくなります。親の言う事の逆の行動ばかりを取る様になりました。大学の付属校に入学していたので、全員が大学に入学出来る高校だったんです。その権利は高校受験で既に勝ち取っていました。しかしそんな事は、私にはどうでも良かったのです。私は海外のパンクロックとハードロックにハマり、彼らのインタビューが載る雑誌を読み耽りました。すると、彼らは勉学とは関係無く人生観にオリジナリティがありました。格好良いな!私はどんどん音楽の深みにハマって行きました。当時の私は、異性には奥手でしたね。高校の男女比率が8対2の男社会だった事も影響したでしょう。中学校は2対8でハーレム生活を送っていたんですけどね。こちらもエスカレーターで高校に行ける学校だったのですが、私は校外暴力(他校の人間との暴力沙汰)で、推薦枠を失っていました。大失敗です。女の園で、ぱふぱふな高校生活を送るべきでしたからね。ドラゴンボールの亀仙人みたいな事を言っていますが。そして、またしても私はエスカレーターで入れる大学に行きませんでした。札幌にある学部の夜間に枠はあったのですが、全く興味はありませんでした。これも大失敗です。すすきのでぱふぱふな大学生活を送るべきでしたからね。またも亀仙人になり損ねてしまったのです。高校の頃にバイト先の女子高生と初エッチはしました。やりまくるほどではありません。バンドやったり草野球やったりバイトしたりと、楽しい事だらけだったからです。私は高校卒業後、1年間何もしないで遊びまくった後に、音響芸術(レコーディング技術)の専門学校に入学しました。そこで2年間を過ごした後に社会人になりました。
この程度の不幸話しなら、どんな家庭でもありそうですね。両親のダブル不倫による家庭崩壊。これは珍しいパターンだと思います。その頃に自我が出来上がりつつあったので、自然と精神は壊れたままになったのかなと、自身を顧みています。家庭内暴力は小学校6年で治りました。私自身が、母親を殴っていて気持ちの良いモノではありませんでしたから。殴った時に女性独特のぷにっとした感覚があるんですよ。胸が痛くなりました。逆にそれがトラウマになり、私は女性を怒れなくなりました。女性に手を挙げたことはそれから1度もありません。私は常に、優しい~!と女性からは好かれるようになりました。優しいのは見せかけだけだけどね!私自身が思ってましたよね。優しいのでは無く、トラウマでオラオラ出来なくなっただけですよ。理由はどうであれ、女性には底抜けに優しいんですけれどね。もう、そう育ってしまったのですから仕方が無いんですよ。しかし、お店の営業をするにあたっては、微妙に噛み合わなさが出てしまっています。言い訳無用で結果が証明してます。きっちり管理せねば、全体のまとまりを欠いてしまう事が検証されてしまいましたよ。自由に営業する権利を活かしきれずに自滅してしまった女性が非常に多かったのは、改善せねばならない問題点だと反省しています。1人1人の人間と向き合う事は、まるっきり出来ていませんからね。それだけでは無く、間違ってしまったのは、私を含めた全員でしょうね。お給料は相場以上に出すから私は手助けはしませんよ!自分達で全部考えて下さい!と私は仕事を丸投げしました。丸投げした私も、それを承諾して働いている女性も、どちらもアウトなのは明白です。さらに、全員の失敗を私の失敗と捉えるのは、代表者としての責任です。キャストか私か、どちらか一方の失敗と片付けるのは、雑な判断だと思いますね。私が、いまこのフルボッコの状況を敢えて受け入れているのは、最後まで逃げずに向き合う気でいるからです。逃げれば遥かに人生は楽ですが、この世界の事を何も言う権利なんかないでしょう。話しが逸れました。私は社会常識が欠落したままコミュニケーション能力の低い大人になりました。完全に壊れている部類です。それでも、不幸だと強調するのは恥ずかしい事だと思います。偏った人間にはなってしまいました。修正能力も乏しかったのでしょう。社会人初期の大事な時期を、風俗人として暴走したのです。暴走しても、犯罪者にはなりませんでした。私が憧れるミュージシャンの生き様には正義感があり、私は正義感だけをトレースしていたのです。変な学習能力が作動していたのでしょう。例えばその風俗業です。洒落にならんほど、きっちりと学習してますからね。知識は相当な勢いで身についています。しかも風俗で遊ぶお客様目線の判断が出来ます。その眼力を使えたかは別問題ですが。無駄に女性には底抜けに優しく、女性を締め付ける事は大嫌いなんです。私は武器を持っているにも拘らずに、宝の持ち腐れを続けていたのです。こうやって追い込まれて、あれ?俺は武器持ってるんじゃね?と覚醒したのです。心眼は使ってませんよね。風俗店のお客様の気持ちが分かっているのに、サービス地雷を諌めていない事を指しています。自分独自の物差しを、堂々と作れば良かっただけなんです。分析能力は長けていて、実行力不足だったんだと、今は恥じています。風俗店の中で、まだ私にしかやれない事はあるとは思ってはいます。売れる売れないは別問題ですよ。それは私がジャッジする事ではありません。いろいろと具現化は道半ばです。私が身体と心から血を流しながら、やり遂げましょう。他の誰もやろうとはしないですからね。全員逃げ出してしまったので、やろうとしないは表現に間違えがありました。もう私しか女王店をやる人間がいません。風俗遊びをするお客様の半数以上は、Mの性質を持っています。本来であれば、十分に成り立つ筈のM系風俗が、特に女王様の在籍するSMクラブがウチだけになってしまったのは、女王様のフリをしたサービス地雷ばかりが女王様になろうとしたからでしょう。
中途半端に壊れたまま大人街道を爆進してしまったので、今の自分がいます。完全に壊れていたら、無法者になってしまい、今頃は警察に捕まっていたでしょうね。私は海外のロックミュージシャンの自立した考え方を吸収出来ていたので、かろうじて社会常識は半壊で済んだのです。両親を見ていると、子育てが機能不全だったろうと思います。お金を出してくれた事、育ててくれた事は、深く感謝しています。全部引っくるめて、結局私みたいな中途半端な人間は、ずっとトンネルの中で暗闇を闇雲に歩いているだけなんですよ。自覚は出来てるんです。立派な成人とは言えないですよね。ただの変人です。齢50を越えて、風俗店の頭の悪い変態コースを作って喜んでいる能天気な大人ですから。全くやれやれです。もうそれでいいんでしょうね!漠然と、いつも考えます。今の今まで変人で生きて来て、まともには戻れません。手遅れですよ。組織を守る為なら、自分自身がダウントレンドになってしまおうなんて考える人間が、どこの世界に居ますか?飛んでくる矢を、全て自分の身体で受け止めながら、健全化を図る。その代わりにマイナス要素は全て吐き出してしまえば、地獄の役割も本望!なんて正常な人が考えますか?そんな捨て身の戦略を取る人間は居ませんよ。職場の仕事内容をジョブチェンジしてしまう。もしくは職場を閉鎖して、自らがジョブチェンジをする。当面の生活費を含んだ適当な金額でバイアウトする。保身を考えたら、何だってやりようはあったでしょう。そんなタイミングで、私は何をしていました?よりによって、マニアックとアイスタイルの吸収を目論んでいたのです。それでエレガンスに勢いが出るとは、これっぽっちも思ってなかったですよ。それでも肌感で動いていたのでしょう。脳より身体が先に動いていましたからね。1店舗(エレガンスの事です。)再生するのも、3店舗再生させるのも同じ。この再生プロジェクトは手がけた方が、再浮上するきっかけに出来ると計算していましたね。要は自分の中で、ダウントレンドになる以外の手を、完全に除外しているんですよ。いかれた判断してますよね。家族を背負っていたら、こんな無責任な行動は出来ませんでしょう?ところが困った事に、私は守るべき家族がエレガンスだったのです。既に何かがおかしい。さらにフルボッコを喰らいながらも、まだエレガンスを維持している異常な現状。流石に無理か?と諦めかけた部分は、正直ありましたけどね。一部のキャストさん、コアなお客様、そしてかけがえのない仲間に、かろうじて救われました。ダウントレンド、死んだふり戦法。寧ろ、死んでますけどね。地獄からの帰還を、何故か奇跡的に果たしかけているのです。次回は、このダウントレンドについて、もう少し詳しく話してみましょう。私自身は、つなぎ役でいいんだと思っているんですよ。自身の保身や肩書きをかなぐり捨ててまで、ダウントレンドを受け入れた自分に驚いています。社長でいる事に拘りなど全く無いんだと、自分で驚いてますよ。この変人具合を継承出来る若い幹部候補生の登場に期待したいですね。いるのかな?
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