2025-02-26 23:10【店長コラム】創戯旅団 第83夜ホンダF1トーキングブルース 【店長コラム】創戯旅団 第83夜 ホンダF1トーキングブルース※2025年02月26日22時59分今回は私が高校生の頃の話しから始まりますので、もう36年も前の話しです。高校3年生だった私は中日ドラゴンズの大ファンであり、星野仙一が監督を務めていた事もあり、ペナントレースが楽しすぎて中日スポーツ新聞を購入していました。中日スポーツは自動車レース、フォーミュラマシンの最高峰であるF1を目玉の記事内容として推していました。私は学校の休み時間に中日スポーツを読みながらF1の知識を得る事となります。当時のF1は本田技研のターボエンジンが無双を始めた時期でした。しかも、私が高校3年生だった1988年はマクラーレン・ホンダのアイルトン・セナが圧倒的な強さで初ワールドチャンピオンになった年でもありました。当時のF1はフジテレビの深夜帯に放送されていました。私は、テレビと新聞でマクラーレンホンダとアイルトン・セナが無双をしている姿を目撃する事となったのです。海外の自動車メーカー、フェラーリやルノーをホンダがぶち抜いていく姿が格好良すぎて一瞬で魂を持っていかれてしまいました。心を鷲掴みにされましたね。それから36年もの間、私はF1とホンダの一途な大ファンなのです。日本の自動車メーカーが海外の強豪メーカーにフルボッコにされながらもコンストラクターズチャンピオンにのしあがって行くサクセスストーリーは涙ぐましい努力の結晶で美しいですよね。それはF1のみならずにインディカーやル・マン24時間、ラリー、2輪でも同じ事です。日本人は負けても負けても地道に努力して這い上がってくるじゃないですか。そんな姿には勇気を貰えますし、感情移入をしながら心底応援出来ますよね。今回のコラムは私の熱狂的なホンダファンっぷりを話せればと考えています。冒頭に触れた流れですっかりF1ファンになってしまった私ですが、最強のマクラーレンホンダは最初の4年間だと思っています。1988年からのアイルトン・セナ、アラン・プロスト、アイルトン・セナ、アイルトン・セナと4連覇でワールドチャンピオンを獲得したマクラーレンの黄金時代と1986年、1987年はウィリアムズでもコンストラクターズ(メーカー)チャンピオンと都合6連覇を達成しているのです。これだけでもホンダはF1界で超1琉メーカーである証明なのですが、何度も挫折しながらその立ち位置を築いていった過程が、これまた美しいのです。その汗と涙のストーリーがあるからこその輝ける栄冠ですからね。第1期ホンダのF1への挑戦は苦しみの連続でした。1964年~1968年の5年間はエンジンもシャシーもホンダ製のオールホンダ体制が特徴でした。しかし、まだ参戦初期で学習段階だったのでしょう。コンストラクターズもワールドチャンピオンも夢のまた夢な程に他メーカーとの差があり過ぎるのが現実でした。そして第2期ホンダの大成功は今でも光輝いているのです。ホンダがF1に再挑戦を始めた最初の2年は試行錯誤の連続でした。シャシーはウィリアムズが作り、ホンダはエンジンサプライヤーとしての参戦です。復帰3年目にコンストラクターズ3位まで成績を上昇させ。ウィリアムズは1986年と1987年のシーズンに連覇をするのです。その1987年は名門ロータスにもホンダはエンジンを供給していました。その1987年はエースドライバー、アイルトン・セナの活躍もありコンストラクターズ3位の大躍進をロータスは果たすのです。この年のホンダとアイルトン・セナの出会いが劇的なドラマを演出する事になります。翌年からホンダはアイルトン・セナと共に強豪マクラーレンへウィリアムズから鞍替えする事になりました。その決断がその年からのマクラーレン4連覇とアイルトン・セナの3回のワールドチャンピオンを産んだのです。そして1992年はウィリアムズに惜しくも敗れコンストラクターズ2位に終わるのですが、ターボエンジンがこの年で廃止される事となりホンダはF1を撤退する事になったのです。実際には無限ホンダのエンジンは参戦を継続していたので、未来へ向けた可能性だけは残し、成績的にはトップメーカーの位置を維持していたにも拘らず撤退を選択してしまったのです。ここのポイントだけは、もう少し心のある判断が出来なかったものかなとファン目線では思いますね。それは叶わぬ願望であった事くらいは理解しています。それでも、翌年のマクラーレンフォードでの成績が冴えなかったアイルトン・セナがウィリアムズ・ルノーに移籍さえしなければ、1994年第3戦サンマリノGP決勝でのアイルトン・セナの事故死は防げたかも知れないのです。タイムマシンなるものが本当に開発されたならば、サンマリノGPでアイルトン・セナが決勝をボイコットするミッションの為に、私が元の世界に戻って来れない任務になると知っていてもセナを救いに行きたいくらいですよ。それか、本能寺の変の前日に織田信長に本能寺には泊まるなよと進言するミッションを遂行する人になりたいです。そうしたら歴史が変わりますよ。アイルトン・セナが好き過ぎて、そんな妄想までしてしまいますよ。あの年のサンマリノGPでは予選でもローランド・ラッツェンバーガーが事故死をしているのですが、セナは感傷的になり決勝を走りたく無いと本当に語っていたのです。それだけに悔やまれるセナの事故死でしたね。あの当時のF1ファンの脳内には当時解説者だった古舘伊知郎の言葉が染み付いているのではないでしょうか。アイルトン・セナに対する音速の貴公子と云う呼び名は古館命名傑作選の上位に入る事でしょう。言いたい放題すぎる解説が面白かったのもF1を好きになった理由の 1つでしたからね。妖怪通せんぼジジイ、顔面バッキンガム宮殿、顔面三浦半島、UFOに乗った原始人、振り向けばブーツェン、犬も歩けばチェザリスに当たる等の迷言を残して去って行きましたね。古館伊知郎の言葉選びのセンスは芸術品です。立川談志級の語り部だと思うのです。第3期ホンダは苦難の連続でした。BAR(ブリティッシュ・アメリカン・レーシング)、ジョーダン(2年間のみ)と組んでのエンジンサプライヤとしての参戦を6年間継続していましたが、BARの撤退に伴いシャーシの制作まで手掛けるオール純正ホンダの体制でその後の3年間を闘いました。その3年間は元F1ドライバー鈴木亜久里が代表を務めるF1チーム、スーパーアグリにもエンジンを供給しています。しかし、ワークスもスーパーアグリも結果はパッとしませんでした。第3期ホンダの活動は9年間で終了します。最後はホンダから独立する形になったロス・ブラウンにチームを売却してプライベーターのブラウンメルセデスが誕生します。ドライバーはホンダ体制の時と変わらずにジェンソン・バトンとルーベンス・バリチェロのままです。このブラウンGPがいきなり快進撃を繰り広げます。結果としては、この年のコンストラクターズをブラウンGPが獲得し、ジェンソン・バトンがワールドチャンピオンに輝きます。この第3期の撤退劇でもホンダはやらかします。エンジンはメルセデスに変わりましたが、シャーシはホンダのままなのです。という事はホンダはシャーシメーカーとして実際にはタイトルを獲得していた事になります。何やってるのと言いたくもなりますよ。ロス・ブラウンがやり手のマネージャーである事は世界的に周知の事実です。あの頃の直近でもミハエル・シューマッハとフェラーリの黄金時代を5年に渡り築いていますし、ベネトンでミハエル・シューマッハが2年連続でワールドチャンピオンを取った立役者でもあります。ロス・ブラウンであれば、僅か1年でチームを強豪へと押し上げる実力のある人間であっても何の不思議もないのです。ホンダの経営陣はやらかしましたよね。この判断はポンコツな判断だったと云う話しです。第4期ホンダは6年間の休止の後に、マクラーレンとの再タッグで復活します。ドライバーもジェンソン・バトンとフェルナンド・アロンソの2人の元ワールドチャンピオンを迎えた盤石の体制です。しかし、このジョイントが全く持って噛み合いませんでした。実際には立ち上げなのですから、開発にも年単位の時間が必要なだけなのかも知れませんし、お互いに足を引っ張り合う存在になっていただけなのかもしれませんしね。真実は当事者にしか分からないですね。どうやら第4期の最初の段階からレッドブルもホンダエンジンを使いたいと手を挙げていたそうです。当時のマクラーレンのロン・デニス代表が他チームへのホンダエンジンの供給を拒否したそうです。結局、マクラーレンとのタッグは3年で破綻してしまいました。第4期4年目はレッドブルのセカンドチーム、トロロッソにホンダはエンジンを供給しました。翌年の2019年からは満を持してトップチームのレッドブルもホンダと手を組む事となり、レッドブルホンダのワークスチームが誕生しました。ファン目線ではありますが、側から見ていて両者の優秀さは即成績へと反映されて行きます。しかもレッドブルには空力の天才と呼ばれるエイドリアン・ニューウェイがいるのでく。これは名車誕生の予感がしてしまいます。レッドブルホンダが誕生した年は2019年でした。全世界がコロナ禍に突入したのは2020年です。そして、時は2021年。F1における伝説のシーズンが幕を開けます。エイドリアン・ニューウェイが開発したニューマシン、RB16Bの戦闘力はそこそこに高く、天才ドライバーのマックス・フェルスタッペンを乗らせる事で、無敵級の強さで7回のワールドチャンピオンを獲っていたルイス・ハミルトンと互角の闘いが出来る車に仕上がっていたのです。そしてこの2人の天才ドライバーが、伝説級の名勝負を繰り広げます。しかも、ワールドチャンピオンを巡る闘いは、最終戦アブダビGPに両者が同ポイントで並んだ状態で突入します。着順が上のドライバーがワールドチャンピオンを獲得します。この決勝の闘いが奇跡の展開を演出してしまいます。実際にはメルセデスの方が車としての完成度は高く、コンストラクターズを7連覇中の最速マシンです。勝負は終盤にかけてメルセデスがレッドブルとのタイム差を徐々に広げ、これは流石にメルセデスのハミルトンの勝利で確定だと思ったところからドラマは始まります。レース終盤に来てハースのミック・シューマッハがクラッシュで大破。ペースカーがコースに入るとんでもない展開になります。これで、ハミルトンが地道に築き上げたタイム差が一瞬にして無くなります。しかし、コースの修復次第ではこのままペースカーが入ったままレースが終わる可能性まであります。その場合はハミルトンのワールドチャンピオンが確定します。そしてレースディレクターが下した判断は、最終周にレースを再開です。たった 1周のみのハミルトンとフェルスタッペンのガチンコバトルが決まりました。そして、ラストバトルでまさかのオーバーテイクがあり、レッドブルホンダのマックス・フェルスタッペンが初のワールドチャンピオンになるのです。コンストラクターズは残念ながらメルセデスが8連覇を達成してしまいました。しかし、何と見応えのあるシーズンを演出してくれたのでしょう。コロナ禍で人の心が荒んでいる中で一縷の希望を照らし勇気を与えてくれたシーズンでしたね。このレースはF1の歴史でも神回認定でしょう。ナイジェル・マンセルとアイルトン・セナのモナコGP終盤のバトルの様にいつまでも語り継がれるレースを目撃したのだと思います。そして、この年にまたもやホンダはやらかしました。この年でF1からの撤退をホンダは最終戦よりも前に発表していたのです。マックス・フェルスタッペンのタイトル獲得前にです。今回のコラムは少し字数が足りなくなってしまいましたね。しかし、大好きなホンダを語るのに文字数を削減したくはありません。この続きは特別にライブドアブログにて公開する事にしましょう。ライブドアブログのURLは以下になります↓https://ballondollgroup.livedoor.blog
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※2025年02月26日22時59分
今回は私が高校生の頃の話しから始まりますので、もう36年も前の話しです。高校3年生だった私は中日ドラゴンズの大ファンであり、星野仙一が監督を務めていた事もあり、ペナントレースが楽しすぎて中日スポーツ新聞を購入していました。中日スポーツは自動車レース、フォーミュラマシンの最高峰であるF1を目玉の記事内容として推していました。私は学校の休み時間に中日スポーツを読みながらF1の知識を得る事となります。当時のF1は本田技研のターボエンジンが無双を始めた時期でした。しかも、私が高校3年生だった1988年はマクラーレン・ホンダのアイルトン・セナが圧倒的な強さで初ワールドチャンピオンになった年でもありました。当時のF1はフジテレビの深夜帯に放送されていました。私は、テレビと新聞でマクラーレンホンダとアイルトン・セナが無双をしている姿を目撃する事となったのです。海外の自動車メーカー、フェラーリやルノーをホンダがぶち抜いていく姿が格好良すぎて一瞬で魂を持っていかれてしまいました。心を鷲掴みにされましたね。それから36年もの間、私はF1とホンダの一途な大ファンなのです。日本の自動車メーカーが海外の強豪メーカーにフルボッコにされながらもコンストラクターズチャンピオンにのしあがって行くサクセスストーリーは涙ぐましい努力の結晶で美しいですよね。それはF1のみならずにインディカーやル・マン24時間、ラリー、2輪でも同じ事です。日本人は負けても負けても地道に努力して這い上がってくるじゃないですか。そんな姿には勇気を貰えますし、感情移入をしながら心底応援出来ますよね。今回のコラムは私の熱狂的なホンダファンっぷりを話せればと考えています。
冒頭に触れた流れですっかりF1ファンになってしまった私ですが、最強のマクラーレンホンダは最初の4年間だと思っています。1988年からのアイルトン・セナ、アラン・プロスト、アイルトン・セナ、アイルトン・セナと4連覇でワールドチャンピオンを獲得したマクラーレンの黄金時代と1986年、1987年はウィリアムズでもコンストラクターズ(メーカー)チャンピオンと都合6連覇を達成しているのです。これだけでもホンダはF1界で超1琉メーカーである証明なのですが、何度も挫折しながらその立ち位置を築いていった過程が、これまた美しいのです。その汗と涙のストーリーがあるからこその輝ける栄冠ですからね。
第1期ホンダのF1への挑戦は苦しみの連続でした。1964年~1968年の5年間はエンジンもシャシーもホンダ製のオールホンダ体制が特徴でした。しかし、まだ参戦初期で学習段階だったのでしょう。コンストラクターズもワールドチャンピオンも夢のまた夢な程に他メーカーとの差があり過ぎるのが現実でした。
そして第2期ホンダの大成功は今でも光輝いているのです。ホンダがF1に再挑戦を始めた最初の2年は試行錯誤の連続でした。シャシーはウィリアムズが作り、ホンダはエンジンサプライヤーとしての参戦です。復帰3年目にコンストラクターズ3位まで成績を上昇させ。ウィリアムズは1986年と1987年のシーズンに連覇をするのです。その1987年は名門ロータスにもホンダはエンジンを供給していました。その1987年はエースドライバー、アイルトン・セナの活躍もありコンストラクターズ3位の大躍進をロータスは果たすのです。この年のホンダとアイルトン・セナの出会いが劇的なドラマを演出する事になります。翌年からホンダはアイルトン・セナと共に強豪マクラーレンへウィリアムズから鞍替えする事になりました。その決断がその年からのマクラーレン4連覇とアイルトン・セナの3回のワールドチャンピオンを産んだのです。そして1992年はウィリアムズに惜しくも敗れコンストラクターズ2位に終わるのですが、ターボエンジンがこの年で廃止される事となりホンダはF1を撤退する事になったのです。実際には無限ホンダのエンジンは参戦を継続していたので、未来へ向けた可能性だけは残し、成績的にはトップメーカーの位置を維持していたにも拘らず撤退を選択してしまったのです。ここのポイントだけは、もう少し心のある判断が出来なかったものかなとファン目線では思いますね。それは叶わぬ願望であった事くらいは理解しています。それでも、翌年のマクラーレンフォードでの成績が冴えなかったアイルトン・セナがウィリアムズ・ルノーに移籍さえしなければ、1994年第3戦サンマリノGP決勝でのアイルトン・セナの事故死は防げたかも知れないのです。タイムマシンなるものが本当に開発されたならば、サンマリノGPでアイルトン・セナが決勝をボイコットするミッションの為に、私が元の世界に戻って来れない任務になると知っていてもセナを救いに行きたいくらいですよ。それか、本能寺の変の前日に織田信長に本能寺には泊まるなよと進言するミッションを遂行する人になりたいです。そうしたら歴史が変わりますよ。アイルトン・セナが好き過ぎて、そんな妄想までしてしまいますよ。あの年のサンマリノGPでは予選でもローランド・ラッツェンバーガーが事故死をしているのですが、セナは感傷的になり決勝を走りたく無いと本当に語っていたのです。それだけに悔やまれるセナの事故死でしたね。あの当時のF1ファンの脳内には当時解説者だった古舘伊知郎の言葉が染み付いているのではないでしょうか。アイルトン・セナに対する音速の貴公子と云う呼び名は古館命名傑作選の上位に入る事でしょう。言いたい放題すぎる解説が面白かったのもF1を好きになった理由の 1つでしたからね。妖怪通せんぼジジイ、顔面バッキンガム宮殿、顔面三浦半島、UFOに乗った原始人、振り向けばブーツェン、犬も歩けばチェザリスに当たる等の迷言を残して去って行きましたね。古館伊知郎の言葉選びのセンスは芸術品です。立川談志級の語り部だと思うのです。
第3期ホンダは苦難の連続でした。BAR(ブリティッシュ・アメリカン・レーシング)、ジョーダン(2年間のみ)と組んでのエンジンサプライヤとしての参戦を6年間継続していましたが、BARの撤退に伴いシャーシの制作まで手掛けるオール純正ホンダの体制でその後の3年間を闘いました。その3年間は元F1ドライバー鈴木亜久里が代表を務めるF1チーム、スーパーアグリにもエンジンを供給しています。しかし、ワークスもスーパーアグリも結果はパッとしませんでした。第3期ホンダの活動は9年間で終了します。最後はホンダから独立する形になったロス・ブラウンにチームを売却してプライベーターのブラウンメルセデスが誕生します。ドライバーはホンダ体制の時と変わらずにジェンソン・バトンとルーベンス・バリチェロのままです。このブラウンGPがいきなり快進撃を繰り広げます。結果としては、この年のコンストラクターズをブラウンGPが獲得し、ジェンソン・バトンがワールドチャンピオンに輝きます。この第3期の撤退劇でもホンダはやらかします。エンジンはメルセデスに変わりましたが、シャーシはホンダのままなのです。という事はホンダはシャーシメーカーとして実際にはタイトルを獲得していた事になります。何やってるのと言いたくもなりますよ。ロス・ブラウンがやり手のマネージャーである事は世界的に周知の事実です。あの頃の直近でもミハエル・シューマッハとフェラーリの黄金時代を5年に渡り築いていますし、ベネトンでミハエル・シューマッハが2年連続でワールドチャンピオンを取った立役者でもあります。ロス・ブラウンであれば、僅か1年でチームを強豪へと押し上げる実力のある人間であっても何の不思議もないのです。ホンダの経営陣はやらかしましたよね。この判断はポンコツな判断だったと云う話しです。
第4期ホンダは6年間の休止の後に、マクラーレンとの再タッグで復活します。ドライバーもジェンソン・バトンとフェルナンド・アロンソの2人の元ワールドチャンピオンを迎えた盤石の体制です。しかし、このジョイントが全く持って噛み合いませんでした。実際には立ち上げなのですから、開発にも年単位の時間が必要なだけなのかも知れませんし、お互いに足を引っ張り合う存在になっていただけなのかもしれませんしね。真実は当事者にしか分からないですね。どうやら第4期の最初の段階からレッドブルもホンダエンジンを使いたいと手を挙げていたそうです。当時のマクラーレンのロン・デニス代表が他チームへのホンダエンジンの供給を拒否したそうです。結局、マクラーレンとのタッグは3年で破綻してしまいました。第4期4年目はレッドブルのセカンドチーム、トロロッソにホンダはエンジンを供給しました。翌年の2019年からは満を持してトップチームのレッドブルもホンダと手を組む事となり、レッドブルホンダのワークスチームが誕生しました。ファン目線ではありますが、側から見ていて両者の優秀さは即成績へと反映されて行きます。しかもレッドブルには空力の天才と呼ばれるエイドリアン・ニューウェイがいるのでく。これは名車誕生の予感がしてしまいます。レッドブルホンダが誕生した年は2019年でした。全世界がコロナ禍に突入したのは2020年です。そして、時は2021年。F1における伝説のシーズンが幕を開けます。エイドリアン・ニューウェイが開発したニューマシン、RB16Bの戦闘力はそこそこに高く、天才ドライバーのマックス・フェルスタッペンを乗らせる事で、無敵級の強さで7回のワールドチャンピオンを獲っていたルイス・ハミルトンと互角の闘いが出来る車に仕上がっていたのです。そしてこの2人の天才ドライバーが、伝説級の名勝負を繰り広げます。しかも、ワールドチャンピオンを巡る闘いは、最終戦アブダビGPに両者が同ポイントで並んだ状態で突入します。着順が上のドライバーがワールドチャンピオンを獲得します。この決勝の闘いが奇跡の展開を演出してしまいます。実際にはメルセデスの方が車としての完成度は高く、コンストラクターズを7連覇中の最速マシンです。勝負は終盤にかけてメルセデスがレッドブルとのタイム差を徐々に広げ、これは流石にメルセデスのハミルトンの勝利で確定だと思ったところからドラマは始まります。レース終盤に来てハースのミック・シューマッハがクラッシュで大破。ペースカーがコースに入るとんでもない展開になります。これで、ハミルトンが地道に築き上げたタイム差が一瞬にして無くなります。しかし、コースの修復次第ではこのままペースカーが入ったままレースが終わる可能性まであります。その場合はハミルトンのワールドチャンピオンが確定します。そしてレースディレクターが下した判断は、最終周にレースを再開です。たった 1周のみのハミルトンとフェルスタッペンのガチンコバトルが決まりました。そして、ラストバトルでまさかのオーバーテイクがあり、レッドブルホンダのマックス・フェルスタッペンが初のワールドチャンピオンになるのです。コンストラクターズは残念ながらメルセデスが8連覇を達成してしまいました。しかし、何と見応えのあるシーズンを演出してくれたのでしょう。コロナ禍で人の心が荒んでいる中で一縷の希望を照らし勇気を与えてくれたシーズンでしたね。このレースはF1の歴史でも神回認定でしょう。ナイジェル・マンセルとアイルトン・セナのモナコGP終盤のバトルの様にいつまでも語り継がれるレースを目撃したのだと思います。そして、この年にまたもやホンダはやらかしました。この年でF1からの撤退をホンダは最終戦よりも前に発表していたのです。マックス・フェルスタッペンのタイトル獲得前にです。今回のコラムは少し字数が足りなくなってしまいましたね。しかし、大好きなホンダを語るのに文字数を削減したくはありません。この続きは特別にライブドアブログにて公開する事にしましょう。
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