【店長コラム】創戯旅団 第81夜 2007年岩手県水沢市戦(2025-02-24 22:01) | 総合SМ倶楽部 厚木エレガンスのSM店日記一覧

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2025-02-24 22:01【店長コラム】創戯旅団 第81夜 2007年岩手県水沢市戦

【店長コラム】創戯旅団 第81夜 2007年岩手県水沢市戦
【店長コラム】創戯旅団 第81夜 2007年8月・店長狂的回胴録旅情編/岩手県水沢市(アイムジャグラーEX)第三期筆
※2025年02月24日21時52分

パチスロを打ちながら全国で食べ歩きをしたい。私と悪友S君は、そんな頭の悪い遊びにハマっている人生を生きています。旅打ちを楽しんでいる誌上プロやパチスロ漫画の原作者が人気を博していたのも、私達の世代の人々だったと思います。そんな楽しそうな旅打ちを自分達も体験したかったのでしょう。今の時代から見たら、なんとも贅沢な遊びでもあるのですが、当時の私達にはそこまで無駄遣いをしている気すら無かったのです。今回語る岩手県水沢市戦は2007年8月のお話しになります。この時期は5号機導入から3年目で、まだメーカーも新基準のゲーム性を試行錯誤していた時期でした。4号機時代と違うのは地方で変わった機種を打てる可能性は低くなり、旅打ちの楽しさを半分無くしてしまったのが残念なポイントです。しかし、現地の美味い飯を食する楽しみがあるので私達は旅をする遊びは継続していたのです。真夏の旅は暑さ凌ぎに北へと旅立つ傾向が私と悪友S君の間にはありました。この時は千葉県の私の自宅に集合した時点では行き先もまだ決めていませんでした。千葉県で集合した時点でお互いの体力が少ない時は地元打ちに変更となり千葉県で遊ぶ事になるのですが、この日は2人とも元気が有り余っていました。しかも、行きの道中なんかはあ~でもないこ~でもないとくだらない話しで盛り上がっているのです。朝方の東北道をひた走り、私達は仙台をも越えます。この時点で福島県、宮城県での旅打ちは無くなります。しかし、時間的に青森県まで足を伸ばすとパチンコ屋の開店には間に合わなくなります。消去法で岩手県打ちが濃厚になったのですが、これはどうやら盛岡まで行く時間も無さそうです。結局、私達は手前の水沢インターチェンジを下りて水沢市で勝負をする事を決めました。後年2009年だったか2010年だったかに盛岡市で2時間だけジャグラーシリーズを触った事がありますが、2,000円ほど無くした記憶だけ残っています。この盛岡市や大谷翔平が通っていた高校がある花巻市、佐々木朗希が通っていた高校がある大船渡辺りを次回の旅打ちの予定に組み込んで3日~4日の岩手戦を楽しむのもありですね。北茨城、松島、大船渡、花巻、盛岡の5日間勝負なんて最高です。北茨城であんこう鍋、松島で牡蠣鍋、大船渡は鮑と海鮮飯、花巻はら~めん?、盛岡は冷麺と焼肉とかなのかな?まだ下調べはしていませんが、そんなスロ旅をしたら楽しいでしょうね。と未来の旅打ち願望に脱線しましたが、水沢戦の話しに戻りましょう。この頃は5号機黎明期です。そこまではまだ楽しい台が無かったのです。そんな時期にチョイスした機種は北電子のアイムジャグラーEXです。ここは手堅くジャグラーバトルが無難でしょう。悪友S君は微妙に覚えていないらしいのですが、この年の悪友S君は狂った様にビスティのエヴァンゲリオン~まごころを君に~(通常エヴァまご)ばかり打っていましたので、この時もエヴァまごを触っていたのでしょう。勝負の方はと言いますと5号機アイムジャグラーEXは散々打ち込んだので途中経過で大体の設定推測は出来ます。低設定域のジャグラーは激しいジャグ連はあってもせいぜい1回だけな事が多いのとレギュラーが少ないのが特徴なので分かってしまうんですよね。しかも、唯一の人気機種がアイムジャグラーEXだった時期なので、お店のジャグラーの客付きで平均設定はなんとなく推測出来てしまいます。これは粘っても結果を覆す程の逆転は見込めなそうです。しかも悪友S君も負けていました。こんな時はどちらかが名誉の撤退を進言するのも勇気ある行動だと思うのです。私もまだ勝ちを目指したい気持ちはありましたが、ここはぐっと我慢して止め役に徹しましょう。と云う事で夕方前に早々と撤収する事に決まりました。これにて、水沢戦は何の見せ場も無く終了する事になりました。

な訳無いじゃないですか。今回の旅はここからが山場なのです。私がジャグラーを打ちながら調べたところによると、ここ水沢は水沢うどんが有名だそうです。さらに調べを進めると、奥州水沢牛なるブランド牛が有名で霜降りの味が絶品なのだそうです。水沢牛には、他にも伊勢水沢牛なるブランドも存在するそうで間違えやすいので注意しましょう。であるならば、うどんより和牛を食いたいとなりまして。今回は水沢牛を食す事になりました。私達が入ったのは、一番最初に発見した焼肉屋です。相変わらず行き当たりばったりなその場の勢いで物事を決めていく旅です。思い返せば、私達は水沢で焼肉を食べただけで水沢牛を食べたかは疑わしいと気付けと思います。一応、店主に和牛なのか確認してみたのですが、この肉は殺したてだよと言われて納得してしまった私達も単純です。殺したてなら和牛だよなと考えてしまったからです。水沢で食える牛は水沢牛である可能性が高いと思っている能天気さがいかにも私達っぽいなと苦笑いします。いや、水沢牛では無く和牛かも疑わしい焼肉を食したが、この場合の正解でしょう。しかも、この焼肉が微妙に固いのです。霜降りの柔らかさと美味さを堪能するのが水沢牛の美味い食い方なのだそうですが、私達は何も調べてはいませんでしたね。ここで私が適当な事を言います。ガキの頃、当日に締め殺した鶏の刺身を食った事あるけど、殺したては肉が固くなるのが特徴だったよ。牛もそうなんじゃない?と余計な一言を言ってしまいます。結果、私達は不味いと評さずに殺したての和牛は固くて美味しかったかもしれないと評価を下してしまいました。非常に適当ですね。和牛でも無い殺したてでも無い海外産の牛肉を食べたら固かったが正解の可能性大なのです。相変わらずやらかしてますね。

そんな感じで焼肉を食べ終わった私達は帰路につく事になりました。が、ここで悪友S君が意外な事を言い出します。折角、岩手県まで来て海の幸を食べないで帰るとかあり得ない。海の幸も絶対に食べましょうと言い始めます。ええ~!それは焼肉食べる前に言ってよ~!と思いましたが、じゃあ海鮮も食べに行こうとなりました。しかし、いくら岩手県といえどここ水沢は内陸なのです。私達は地図を調べて海沿いの大船渡市に向かう事を決めました。下道で2、3時間走れば着きそうです。まあ、どアウェーですし、何も知らない関東人がやりそうな愚行でしたね。水沢から大船渡まではナビが案内してくれたのですが、これが秘境越えをせねばならない旅路だったのです。この時から18年経っていますがこの道中の事は今でもはっきり覚えています。まずは田んぼの中をひたすら走らされるところから始まり、その次には物凄く大きい岩を切り裂いた道を走り山越えをする事になりました。そこまで標高は高く無いのでしょうが、山道ですから国道といえど中央線さえ無いような道を進んで行くのです。その上、ほぼ街灯など無いのですから自車のヘッドライト頼みです。この山越えの幻想的な風景を私は今でも忘れる事は出来ません。しかも、大船渡に近づくと電車の線路と並行して国道が走っているのですが、たまに通過する列車は1両だけで走っています。恐らくは単線なのでしょう。途中途中で駅もあるのですが、駅のホームはとても短く明かりはついていますが無人駅の様な雰囲気を醸し出しています。ファンタジーの世界に入り込んでいるか、まんが日本昔ばなしの世界に入り込んでいるかの様なドライブを楽しみながら私達は大船渡に到着したのです。

大船渡についた時点で20時は回っていたと思うのですが、最早のんびりとお店選びをしている程の時間的余裕はありません。私達は走っていて偶然発見した海鮮居酒屋に入ります。夕方に焼肉を食べてしまっているので、私達は牡蠣鍋と生岩牡蠣だけ頼む事にしました。まず、この牡蠣鍋ですが美味しかったですよ。そして、生岩牡蠣も美味しかったですね。新鮮だっと思いますし、調理も上手く出来ていたと思っています。では、また大船渡を訪れた時に、このお店でもう一度牡蠣鍋を食すかと問われると答えはノーです。それでも標準以上には美味しかったので、わざわざ大船渡へ寄り道した甲斐はありましたよ。今度、大船渡へ来る時は明るい時間から現地入りして海鮮系の食事を昼も夜も堪能して、尚且つ民宿かホテルに1泊したいですね。勿論、夜は寝る時間を惜しんでくっちゃべれば楽しかったと生涯思える想い出になるでしょう。

大船渡での夜食を堪能した私達は、今度こそ帰路へと着いたのですが、ここでもまた忘れられなそうな出来事がありました。岩手の秘境越えで疲れてしまった私は、運転は悪友S君にお任せして茶々を入れる側に回ります。少しだけ海を眺めながら一般道を走った後は三陸道経由で仙台南へと戻り東北道を帰ってきたのですが、途中三陸道に入る前に疲れていたので悪友S君が道の駅で仮眠を取りました。ここで起きた出来事を今から語りますが、最初に余計なお世話である事だけは前置きしておきましょう。悪友S君が仮眠している間、私は全く寝れませんでしたし、まだ元気だったのです。それでは、皆さんこの先は想像力を働かせて下さい。道の駅で車の中でぼけ~っとしていた私は一台の軽自動車が入って来て駐車場に止まったなと眺めていました。しばらくすると1台の高級車が駐車場に入って来ました。そして先程の軽自動車の横に車を停めると軽自動車の運転席から女性が降りて来て高級車の助手席に乗りました。そのまま高級車は走り去ったのを私は呆然と眺めていたのですが、これ皆さんは何が起きていたか分かりますか。一番可能性が高いのは不倫です。人目のつかない道の駅で車を乗り換えているのも匂いますよね。次にデリヘル説です。田舎町のデリヘル過ぎて、キャストさんが道の駅まで自走して来てお客様と合流してホテルへと向かった。第3の説は夜逃げ説。私は非常に珍しい事態に遭遇していて、そのまま2人は夜逃げをした。第4の説もあります。そもそもが男女の仲を疑うべからず。非常に真面目な待ち合わせだった説です。これは場合によっては可能性が数割あるかもですよね。まあ、悪友S君が起きて仙台へと戻る道中にも侃侃諤諤とこの下世話な話しで盛り上がっていたのです。不倫濃厚ではあるよね。と2人して勝手に納得する事にしたのですが、皆さんなら何を想像しますか。この想像には人間性が出るお題ですよね。私なんかは下世話な発想をしていたのです。こうやって帰りもくだらないネタで盛り上がりながら関東へと戻り、千葉県で私を降ろした悪友S君は神奈川県へと帰って行ったのです。

結果として、悪友S君の海の幸を食したいと云う我儘が、私達に奇跡的な体験をもたらしてくれたのです。あの時から4年後に東日本大震災が起き、大船渡は壊滅的な打撃を受けてしまったのです。私達は偶然にもその前の大船渡で夜食に舌鼓を打つ時間を作れたのです。その巡り合わせには感謝していますし、大船渡へ向かうまでの秘境を走った旅路は死ぬまで良い想い出として記憶に残るでしょうね。そう考えるとこの時の旅は2人してスロットは負けてしまいましたが、最高の旅路として私達の心に刻み込まれたのです。大成功な旅打ちと評して良いでしょうね。いつか大船渡にはもう一度行きたいと考えていますよ。それこそあの時の街の風景は無くなっています。全く新しい大船渡を見る事になるのでしょう。それでも逞しく街を再生させた人々に敬意を評したいですし、観光してお金を落として来たいなと思っているのです。次回のコラムもこの年の12月に行った東北地方への旅路のお話しです。なるべく熱が冷めぬ内に公開する事にしましょう。

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