2024-11-17 11:26【店長コラム】創戯旅団 第35夜 リーマンショック 【店長コラム】創戯旅団 第35夜 リーマンショック※2024年11月17日10時43分今回から4連作となる悲壮感漂う平成の惨劇・令和の悲劇シリーズ。初回は時を遡る事、2008年9月15日から始まった生き地獄のお話し。その近辺は地獄の門を潜る寸前だったのに、本人は何の危機感も持っていない時期でした。今思い返すと事の重大さを認識出来ていない能力の低さに悲しみを覚えます。経済や経営の知識の低さもそうですが、何よりも世の中の情勢を敏感に感じ取り事前に危機回避を計れる器量が私にあれば、今語る内容は成功談になるのでしょうが、御多分に洩れず失敗談を語る回となります。2008年9月15日にアメリカ合衆国で起きた投資銀行、リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの経営破綻が全世界に再び金融危機を巻き起こしたのです。あまりにも規模が大きすぎる金融危機なので、自らも確実に犠牲となる負の連鎖があの日から始まりましたよね。まさか、自分が生きている間に教科書に載る様な金融危機が再び起こるなんて想定しながら生きていましたか?私は起こらないと思いながら生きていた派でしたね。ブラックマンデーに匹敵する惨劇ですよ。ところで、とても大事な事ですがこの頃には、まだエレガンスは存在していません。まあ、リーマンショックから続く惨劇がエレガンスを生み出してしまったのですから、実際にはエレガンスも関係あるでしょう。しかし、私の惨劇のストーリーとは、まだ交錯していないのです。この瞬間から私とエレガンスが絡む運命が、見えない所で動き始めていたのです。この時点では、まさか私が、16年後に総合SM倶楽部 厚木エレガンスの屋台骨になっているなんて想像が出来る人間であれば、私は義母愛子?ん?人物が古くてiPhoneの漢字変換には無いのか。宜保愛子以上の霊能力者である事は間違い無いので違う人生が待ち受けていた事でしょう。尤も、屋台骨より人柱とでも言った方が適していますけれどね。好き好んで人柱となった辺りは奇人か変人かって話しで苦笑いを通り越して自分に自虐の嘲笑をしますよ。ひりつくほどに楽しいですけれどね。このぎりぎり凌ぎ切る感が堪らない。ん?私はどMなのか?それこそ悲劇を喜劇にでも変換しなければやってられるかって話しでもあります。そこら辺は、私は根っこが悪くはありませんので前向きに物事を考えている訳です。他人の事ですが、凄く悔しく感じるのは、リーマンショックの頃は父の経営する小物絨毯の町工場の営業マンをしていたのですが、あの年の12月を迎えた時期の話しです。働いていた千葉県の会社から電車で都内に出ようとすると、12月はそれこそ毎日の様に人身事故の影響で電車が遅延していました。電車に飛び込んだ人達は何を考えながら悲壮な思いで電車の前に身を投げたのでしょう。凄く真面目な方ばかりなんだと思いますよ。自分の身に降りかかった事態の重みに耐えかねて亡くなった方もいれば、家族を守る為に死を選んだ方もいるでしょう。亡くなった方は根っこが真面目なのでしょうし、そんな貴重な国民の命が亡くなるのが他人の事と言えど悲しいですし悔しいのです。偽善では無いですよ。明日は我が身なだけです。生きてさえいれば、まだ人生の中で笑えるタイミングって星の数ほどあったじゃないですか。苦しさを皆で共有しながら生き抜く人生もありますし、どうにもならないのだったら自己破産も出来れば、蒸発して新しい人間としてやり直す事さえ極論でしかありませんが究極の選択肢にはあったと思います。それでも死を選んだんですよ。惜しい人材を亡くしてしまってますよ。私は電車が遅延する事に迷惑だと感じた事は無く、マジか世の中はこんな事になっているのかよと止まっている電車の中で呆然としていました。あの時はなんとも辛かったですね。勿論、親の会社も例外無く大ダメージを受けていました。真面目に働いていてもこの仕打ちかと愕然としましたよ。それでも歯を食いしばりながら辛い時期を乗り越えてはいました。私の周りの従業員さんも大変な中で頑張って下さったと思います。全国民が平等に煽りを喰らってしまっているので恨み言すら言えないほどの惨劇でしたね。出来る事ならば人生の中で1回も突然起こる金融危機なんぞは経験する事なく生き抜きたかったでしたよ。さて、話しは私とは関係の無い所での話し。エレガンス側の話しへと移りましょう。私の師匠は根っからの風俗人です。当然ながらリーマンショックの大打撃も受けていますし、その年の12月のシビアさも経験していました。このコラムを読んで下さっている読者様も同様に、あの時は大変な思いをしたのではないでしょうか。師匠も相当に苦しかったとは風の噂で聞いていたのすが、厚木側に私はまだおりませんから苦労の中身までは知りません。しかし、世の中の景気がすぐに良くなる事はありません。次の年も暗中模索しながら業績回復の一手を探り当てようと、師匠のお店も苦心をしたそうです。それでも、何とか軌道修正は出来ていた中で大きな問題店が浮上します。問題とはお給料の高い中間管理職の存在の事です。大して仕事もしていないのに高いお給料だけ取ってる人間が2人はいたそうです。まあ夜職で、しかも風俗店ですからね。大きいお店には、それなりにありそうな問題です。必死に働いている現場とは温度が違い、いつ何時も仕事は出来ないですし自らが働く意欲も無い。オーナーでも無い人間がそれでは、ただ利益を食い潰すだけなのです。私は28年前から5年半。20代の後半を丸々、師匠のグループで働かせて貰っていたのですが、問題の2人は当時から居ました。そして、その2人が偉そうにふんぞりかえっている割には、全く仕事が出来ない存在なのも知っています。その2人をクビにしないで使い続けていたのですから、私の師匠が懐の深い優しい人間である証しでもあります。そんな2人をただ遊ばせとく訳にもいかんと考えた中でエレガンスが誕生するのです。私から見ても、それは無理があるんじゃないの?と素直な感想が出てきます。当然、そう思う根拠もありましたよ。どう考えても、エレガンスを与えても仕事しようとならないのは想像つきます。エレガンスの船出は座礁する事が確定している、絶望的な航海の始まりとなったのです。新店を立ち上げるにしても無理のある発想ですが、師匠が人を切れない性格なのも私は知っていました。仕方が無かったのでしょうね。どう考えても本当の正解は、その2人を解雇する事ですからね。例え決定的な間違いだったとしても、それを認識した上で雇用の継続を選択した師匠の気持ちは、今の私になら痛いほど理解出来ます。新しいお店を開く希望と成長の見込めない人材の闇の両面性を持つ人間の気持ちが、どんな気持ちかを読者様も知りたくありませんか?私も師匠の本心を聞いとけば良かったですよね。尤も、出戻り直後の私に聞ける様な内容の質問でも無かったのですが。それでも分かります。なんと無くその時の気持ちは。仕方がないけれど、俺が何とかするしか無い。そう考えたのは自明の理です。何故ならば私も規模の違いこそあれ、同じ経験をしていましたから知り得たのです。そこで人を解雇する自分を許せなくなるから、自分が何とかするしか無いという答えに行きついたのでしょう。ここら辺の内容こそが、今回の話しが4部作となる理由でしたから、おいおいとこの後の話しの中で深掘りしましょう。これがエレガンス開店の経緯です。え!?そんな感じだったんだ!?ってなりますでしょ?私ですら、最初は苦笑いしながらそう思いましたからね。これは初めて語る暴露話しですね。13年に渡り、私がどれだけエレガンスの歴史を語って来なかったかとなります。私は周りの人間にすら何も語ってなかったので、今ここで初めて答え合わせが出来ている関係者が続出しているという事です。秘密主義では全く無いのですが、率先して他人に自分の事を話したりもしませんのでエレガンスの事情を知らない人だらけなのです。私も可視化推進委員にでもならなければ、未だに語ろうとすらしていないのでしょうから、何事もタイミングなのでしょう。この先のちょっとした原案なんかを読者様の発想からお借りしようと企画している以上は、礼儀として私の素性やエレガンスの歴史はオープンにしておかなければならないと考えているのです。そして、お話しは再びエレガンス側から、私の身の上話しに戻ります。リーマンショックで冷え込む景気の中でも何とか凌ぎを出していた父の町工場でしたが、ひたひたと終焉は近づいていました。小物を作る町工場。それも斜陽産業である繊維業界の町工場です。邦画あゝ野麦峠で描かれる世界の小型版です。あゝ野麦峠なんて1979年の映画ですよ。当時で14億円の配給収入があった大ヒット映画らしいですけれどね。そんな昭和中期に社会問題になる題材の業界で、しかも既に平成の時代ですらオワコンな仕事ですよ。そんな斜陽産業の小さな町工場が借金経営になっていない訳も無く、私が入社した時点では自転車操業だった会社なのです。もう、いずれ潰れる運命を背負った会社に私は入社しているのですが、そんな事は百も承知で入社していましたよ。母の嘆きを聞かされながらの学生時代を過ごしていましたからね。私が師匠の所で働いていた時に、父が会社に呼び戻そうと(私は師匠の所にお世話になる以前に少しだけ父の会社に居た事がありました。)勧誘に来たのですが、その頃から薄々気づいていました。父が私を呼び戻そうとしているのは、銀行から融資を引き出すのに跡継ぎが会社に居ないとまずい事が理由なのであろうと。借金がまずい事になっている事くらいは想像ついてました。まあ、いざ父の会社に戻り総勘定元帳を調べてみるとやはりビンゴでありました。後は、どれだけ延命出来るかの勝負になるな。と復帰直後には気付かされていたので、リーマンショック以後はまさに正念場になったのです。それでも、ついにその時が来てしまいました。2010年10月だったと思います。父から遂に支払いに行き詰まっている事と銀行からの融資が見込めない事から会社を潰さざる得ない話しをされます。そこまでに父とその話しをしていなかったのか?と問われる事も分かりますが、父が私にはひた隠しにせねばならない事案だったのです。最初に私を騙して引き戻すから自分だけで抱え込む事になった訳ですから自業自得です。しかも、その10年間の中で会社を閉めようという私の提案を何度となく聞いて来なかったのですから当然ですよ。悲しい性ですね。父もまた、従業員をひたすらに守り続ける判断をしてしまう人間だったのです。父が父なら子も子だわ!師匠が師匠なら弟子も弟子だわ!となる悲しい性でしょう。そこからもまだ苦労は続くのですが、惨劇は連鎖を生むもので、今度は2011年3月11日にまたもや特大級の惨劇の直撃を被るのです。そこが次回のテーマとなりますので、そのお話しは次回にします。私も師匠も似た経緯を経由しながら、エレガンスで交錯する物語は進んでいくのです。16年ぶりに人生の重い鎖の話しを回想したので、まだ走馬灯には幾分か早すぎますが、大事な気持ちを思い返す意味でも必要回だった気がしています。人生って不思議ですよね。多分、私なんかまた同じ宿命を背負って生きてしまう筈だと少し嫌な予感はしていますよ。今からそう語りながら物語を紡ぎ続けたら、ほらやっぱりそうなったと笑いながら、また10年後に回想してそうですね。勿論、失敗から学習もしているのですから、多少はブラッシュアップしないと意味をなさないのも理解しています。今年の試みは、失敗を重ねない様に縛りを持ちながらの厳しい闘いとなっています。人の不幸話しは蜜の味。私からすると噴出する鮮血の味。それでも、その上で物語は語られ続けるのです。再見。公開したコラムのバックナンバーは総合SM倶楽部 厚木エレガンス 公式オフィシャルブログに保存します。ブログURLは以下になります↓https://ballondollgroup.livedoor.blog
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※2024年11月17日10時43分
今回から4連作となる悲壮感漂う平成の惨劇・令和の悲劇シリーズ。初回は時を遡る事、2008年9月15日から始まった生き地獄のお話し。その近辺は地獄の門を潜る寸前だったのに、本人は何の危機感も持っていない時期でした。今思い返すと事の重大さを認識出来ていない能力の低さに悲しみを覚えます。経済や経営の知識の低さもそうですが、何よりも世の中の情勢を敏感に感じ取り事前に危機回避を計れる器量が私にあれば、今語る内容は成功談になるのでしょうが、御多分に洩れず失敗談を語る回となります。2008年9月15日にアメリカ合衆国で起きた投資銀行、リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの経営破綻が全世界に再び金融危機を巻き起こしたのです。あまりにも規模が大きすぎる金融危機なので、自らも確実に犠牲となる負の連鎖があの日から始まりましたよね。まさか、自分が生きている間に教科書に載る様な金融危機が再び起こるなんて想定しながら生きていましたか?私は起こらないと思いながら生きていた派でしたね。ブラックマンデーに匹敵する惨劇ですよ。ところで、とても大事な事ですがこの頃には、まだエレガンスは存在していません。まあ、リーマンショックから続く惨劇がエレガンスを生み出してしまったのですから、実際にはエレガンスも関係あるでしょう。しかし、私の惨劇のストーリーとは、まだ交錯していないのです。この瞬間から私とエレガンスが絡む運命が、見えない所で動き始めていたのです。この時点では、まさか私が、16年後に総合SM倶楽部 厚木エレガンスの屋台骨になっているなんて想像が出来る人間であれば、私は義母愛子?ん?人物が古くてiPhoneの漢字変換には無いのか。宜保愛子以上の霊能力者である事は間違い無いので違う人生が待ち受けていた事でしょう。尤も、屋台骨より人柱とでも言った方が適していますけれどね。好き好んで人柱となった辺りは奇人か変人かって話しで苦笑いを通り越して自分に自虐の嘲笑をしますよ。ひりつくほどに楽しいですけれどね。このぎりぎり凌ぎ切る感が堪らない。ん?私はどMなのか?それこそ悲劇を喜劇にでも変換しなければやってられるかって話しでもあります。そこら辺は、私は根っこが悪くはありませんので前向きに物事を考えている訳です。他人の事ですが、凄く悔しく感じるのは、リーマンショックの頃は父の経営する小物絨毯の町工場の営業マンをしていたのですが、あの年の12月を迎えた時期の話しです。働いていた千葉県の会社から電車で都内に出ようとすると、12月はそれこそ毎日の様に人身事故の影響で電車が遅延していました。電車に飛び込んだ人達は何を考えながら悲壮な思いで電車の前に身を投げたのでしょう。凄く真面目な方ばかりなんだと思いますよ。自分の身に降りかかった事態の重みに耐えかねて亡くなった方もいれば、家族を守る為に死を選んだ方もいるでしょう。亡くなった方は根っこが真面目なのでしょうし、そんな貴重な国民の命が亡くなるのが他人の事と言えど悲しいですし悔しいのです。偽善では無いですよ。明日は我が身なだけです。生きてさえいれば、まだ人生の中で笑えるタイミングって星の数ほどあったじゃないですか。苦しさを皆で共有しながら生き抜く人生もありますし、どうにもならないのだったら自己破産も出来れば、蒸発して新しい人間としてやり直す事さえ極論でしかありませんが究極の選択肢にはあったと思います。それでも死を選んだんですよ。惜しい人材を亡くしてしまってますよ。私は電車が遅延する事に迷惑だと感じた事は無く、マジか世の中はこんな事になっているのかよと止まっている電車の中で呆然としていました。あの時はなんとも辛かったですね。勿論、親の会社も例外無く大ダメージを受けていました。真面目に働いていてもこの仕打ちかと愕然としましたよ。それでも歯を食いしばりながら辛い時期を乗り越えてはいました。私の周りの従業員さんも大変な中で頑張って下さったと思います。全国民が平等に煽りを喰らってしまっているので恨み言すら言えないほどの惨劇でしたね。出来る事ならば人生の中で1回も突然起こる金融危機なんぞは経験する事なく生き抜きたかったでしたよ。
さて、話しは私とは関係の無い所での話し。エレガンス側の話しへと移りましょう。私の師匠は根っからの風俗人です。当然ながらリーマンショックの大打撃も受けていますし、その年の12月のシビアさも経験していました。このコラムを読んで下さっている読者様も同様に、あの時は大変な思いをしたのではないでしょうか。師匠も相当に苦しかったとは風の噂で聞いていたのすが、厚木側に私はまだおりませんから苦労の中身までは知りません。しかし、世の中の景気がすぐに良くなる事はありません。次の年も暗中模索しながら業績回復の一手を探り当てようと、師匠のお店も苦心をしたそうです。それでも、何とか軌道修正は出来ていた中で大きな問題店が浮上します。問題とはお給料の高い中間管理職の存在の事です。大して仕事もしていないのに高いお給料だけ取ってる人間が2人はいたそうです。まあ夜職で、しかも風俗店ですからね。大きいお店には、それなりにありそうな問題です。必死に働いている現場とは温度が違い、いつ何時も仕事は出来ないですし自らが働く意欲も無い。オーナーでも無い人間がそれでは、ただ利益を食い潰すだけなのです。私は28年前から5年半。20代の後半を丸々、師匠のグループで働かせて貰っていたのですが、問題の2人は当時から居ました。そして、その2人が偉そうにふんぞりかえっている割には、全く仕事が出来ない存在なのも知っています。その2人をクビにしないで使い続けていたのですから、私の師匠が懐の深い優しい人間である証しでもあります。そんな2人をただ遊ばせとく訳にもいかんと考えた中でエレガンスが誕生するのです。私から見ても、それは無理があるんじゃないの?と素直な感想が出てきます。当然、そう思う根拠もありましたよ。どう考えても、エレガンスを与えても仕事しようとならないのは想像つきます。エレガンスの船出は座礁する事が確定している、絶望的な航海の始まりとなったのです。新店を立ち上げるにしても無理のある発想ですが、師匠が人を切れない性格なのも私は知っていました。仕方が無かったのでしょうね。どう考えても本当の正解は、その2人を解雇する事ですからね。例え決定的な間違いだったとしても、それを認識した上で雇用の継続を選択した師匠の気持ちは、今の私になら痛いほど理解出来ます。新しいお店を開く希望と成長の見込めない人材の闇の両面性を持つ人間の気持ちが、どんな気持ちかを読者様も知りたくありませんか?私も師匠の本心を聞いとけば良かったですよね。尤も、出戻り直後の私に聞ける様な内容の質問でも無かったのですが。それでも分かります。なんと無くその時の気持ちは。仕方がないけれど、俺が何とかするしか無い。そう考えたのは自明の理です。何故ならば私も規模の違いこそあれ、同じ経験をしていましたから知り得たのです。そこで人を解雇する自分を許せなくなるから、自分が何とかするしか無いという答えに行きついたのでしょう。ここら辺の内容こそが、今回の話しが4部作となる理由でしたから、おいおいとこの後の話しの中で深掘りしましょう。これがエレガンス開店の経緯です。え!?そんな感じだったんだ!?ってなりますでしょ?私ですら、最初は苦笑いしながらそう思いましたからね。これは初めて語る暴露話しですね。13年に渡り、私がどれだけエレガンスの歴史を語って来なかったかとなります。私は周りの人間にすら何も語ってなかったので、今ここで初めて答え合わせが出来ている関係者が続出しているという事です。秘密主義では全く無いのですが、率先して他人に自分の事を話したりもしませんのでエレガンスの事情を知らない人だらけなのです。私も可視化推進委員にでもならなければ、未だに語ろうとすらしていないのでしょうから、何事もタイミングなのでしょう。この先のちょっとした原案なんかを読者様の発想からお借りしようと企画している以上は、礼儀として私の素性やエレガンスの歴史はオープンにしておかなければならないと考えているのです。
そして、お話しは再びエレガンス側から、私の身の上話しに戻ります。リーマンショックで冷え込む景気の中でも何とか凌ぎを出していた父の町工場でしたが、ひたひたと終焉は近づいていました。小物を作る町工場。それも斜陽産業である繊維業界の町工場です。邦画あゝ野麦峠で描かれる世界の小型版です。あゝ野麦峠なんて1979年の映画ですよ。当時で14億円の配給収入があった大ヒット映画らしいですけれどね。そんな昭和中期に社会問題になる題材の業界で、しかも既に平成の時代ですらオワコンな仕事ですよ。そんな斜陽産業の小さな町工場が借金経営になっていない訳も無く、私が入社した時点では自転車操業だった会社なのです。もう、いずれ潰れる運命を背負った会社に私は入社しているのですが、そんな事は百も承知で入社していましたよ。母の嘆きを聞かされながらの学生時代を過ごしていましたからね。私が師匠の所で働いていた時に、父が会社に呼び戻そうと(私は師匠の所にお世話になる以前に少しだけ父の会社に居た事がありました。)勧誘に来たのですが、その頃から薄々気づいていました。父が私を呼び戻そうとしているのは、銀行から融資を引き出すのに跡継ぎが会社に居ないとまずい事が理由なのであろうと。借金がまずい事になっている事くらいは想像ついてました。まあ、いざ父の会社に戻り総勘定元帳を調べてみるとやはりビンゴでありました。後は、どれだけ延命出来るかの勝負になるな。と復帰直後には気付かされていたので、リーマンショック以後はまさに正念場になったのです。それでも、ついにその時が来てしまいました。2010年10月だったと思います。父から遂に支払いに行き詰まっている事と銀行からの融資が見込めない事から会社を潰さざる得ない話しをされます。そこまでに父とその話しをしていなかったのか?と問われる事も分かりますが、父が私にはひた隠しにせねばならない事案だったのです。最初に私を騙して引き戻すから自分だけで抱え込む事になった訳ですから自業自得です。しかも、その10年間の中で会社を閉めようという私の提案を何度となく聞いて来なかったのですから当然ですよ。悲しい性ですね。父もまた、従業員をひたすらに守り続ける判断をしてしまう人間だったのです。父が父なら子も子だわ!師匠が師匠なら弟子も弟子だわ!となる悲しい性でしょう。そこからもまだ苦労は続くのですが、惨劇は連鎖を生むもので、今度は2011年3月11日にまたもや特大級の惨劇の直撃を被るのです。そこが次回のテーマとなりますので、そのお話しは次回にします。私も師匠も似た経緯を経由しながら、エレガンスで交錯する物語は進んでいくのです。
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